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私と彼は恋人じゃない。 作者:桜田霞

第2回   気になる彼
 次に彼と遭遇したのは、奇妙な場所だった。クラスでも見かけているが、私たちは会話をすることが無かった。
掃除当番を任された時。私は掃除道具入れの中から奇妙な音が聞こえるのを感じ、ゆっくりとドアを開けてみる。すると、中から村井君が出てきた。誰かに閉じ込められてたみたいだ。
「何してるの?」
村井君は、今にも泣きそうな顔だった。恐怖と憎悪を混ぜたような顔。失礼な事に、私は大声で笑ってしまった。その様子を見て、彼まで吹き出した。
村井君はいじめの事を先生に言ってたらしいが、無駄だった。ドラマのような先生なんているわけがない。この頃から、私は頼りになる先生になる事を目指していた。
そんな事があっても、彼とはクラスでは会話をすることなく、ただ会うと「おはよう」や「さようなら」をいう関係であった。それが中学三年の頃。

 そして、一年が過ぎ、高校一年の時である。
私は、地元から少し離れた私立の高校に通っている。そこでも、また彼と出会うことになった。
中学とは違い、山の近くにある高校で、途中まできつい坂を登ってこなければいけない。本館は普通科で、北館には、商業科がある。私は、普通科の進学コースに入っていた。ここのクラスは特別で、クラス編成がなく、三年間同じメンバーと過ごすことになっていた。
ある日、私が廊下を歩いていると…。
「すみません。これ落としましたよ」
声と同時に後ろを向くと、顔立ちの整った青年がいる。髪型はワックスでしっかりと整えてあり、目がはっきりとした二重で、背が高い。
「ああ。ありがとう」
その少年は、私が落としたシャープペンシルを手元に渡してくれた。
「君は、俺と同じクラスの子だよね?」
「そうだっけ? あなた誰?」
「出席番号二十番の村井浩太郎だよ」
「えぇ! 村井君? 私、水野未来だよ!」
村井君も驚いた様子で私を見る。
二人とも、中学を出てから、少し変わった。
私は、ベリーショートだったのをロングヘアーにして、化粧も薄く塗るようになった。中学の友達からは、随分変わったね、と驚かれる。
あ。そういえば村井君の、あの特徴のある眼鏡がない。コンタクトにでもしたのだろうか。
「なんだ。水野さん。俺と同じ高校だったんだ。しかし可愛くなったね」
村井君が笑いながら、私に言う。
「村井君こそ、かっこ良くなったね」
こんなに近くにいて気づかないってのも変なもんだ。
 そして、その次の日だった。
「あ。水野さん。ノート今日一日貸してくれないかな?」
学校へ来るなり、村井君が妙な事を言ってきた。
「いいけど、なんで?」
気になると、どうしても聞く癖がある私は、眉毛を八の字にする。
「来週からテストだろ? 俺、ノート書いてなくて」
なるほどね。でも意外だ。村井君って中学校の頃はすごい真面目だったのに。周りの環境が変わったせいかな。村井君は、高校に入ってから、女の子からかなりの人気があるみたい。元々顔は悪いほうじゃないし、性格も中学とは違って、明るくハキハキしゃべるようになった。
「明日返してくれればいいよ」
それだけ言うと、村井君は“ありがと”と言ってくるりと背中を向けた。
「村井君。背中」
村井君は、何?と言ってこっちを振り向く。
「背中大きくなったね」
彼は照れくさそうに頭をかく。その仕草がまだ幼さをおびていた。
「弓道部に入ってるからね」
やっぱり意外…。村井君って中学の時は、パソコン部で、ちょっとマニアックなイメージがあったのにな。パソコン部をマニアックと決めてしまうのも偏見な考えだけど。
学校が終わり、部活に入っていない私は、真っ直ぐに家に向かった。行き交う小学生を見て、ふと昔の事を思い出した。
「れな麗菜…」
麗菜は小さい頃仲が良かった私の幼馴染。中学校になってから、彼女は家に戻らなくなっているらしい。つい最近、近くのゲームセンターで麗菜を見た。麗菜は、髪を金色に染め、私の高校の制服を着ていて、怖い男の人と一緒にいた。声をかけられなかったのだ。麗菜一人だけでも、きっと声をかけられないだろう。私は臆病者だから。私と麗菜…同じ学校だったんだ。小学校の頃は、いつも一緒に遊んでたのに、今は赤の他人の様。なんだかそれも悲しいけど、しょうがないことなのかなぁ…。あんなに優しくて気が利く子なのに…。我に返り、辺りを見渡すと、家を通り過ぎていた。私は顔を赤らめ、俯いたまま引き返した。
私の家は、普通の民家に混じってる。特に立派ってわけでもないし、古い家ってわけでもない。藍色の屋根に一軒屋。
家に戻ると、小さな声で“ただいま”と言う。奥からは声が聞こえてこない。居間まで行くと、お母さんが“健康法ダイエット”という番組に見入っていた。私が帰ってきたのにも気がつかない様子。
「ただいま」
もう一度低い声で、お母さんに言うが、気づいてない…。相変わらず鈍感な母親だ。
「ただいま!」
今度はむきになって大声を張り上げると、お母さんは驚いた様子でこっちを振り返る。まるで音に反応した動物の様。
いつものことだけど、次に飛んでくるのは、決まってこの台詞。
「あら。あんたいたの?」
私は不機嫌そうに居間に鞄を下ろすと、台所へ行き、冷蔵庫のプリンを取り出す。
「未来〜。あんた鞄、片付けておきなさいよ」
お母さんの声が聞こえながらも、私は聞こえない振りをしていた…。
「おはよう。水野さんノートありがとうね」
村井君はそう言うと、机の上にぽんとノートを乗せる。
なんとなくページをパラパラとめくっていると、最後のページに何か文字が見えた。もう一度しっかり見てみると、“水野さん。この辺で料理の美味い店ない?”こう書かれてあった。
なんだろうこれは、一応返しておくべきかな。そう思い、その返事を質問の下に書いておいた。そして、今日も村井君は、ノートを借りに来た。こうして、私達の交換日記は始まったのだ。それは本当にくだらない内容だった。やがて携帯の番号を聞かれるまでそう長くはなかった。私と村井君は、電話で話すような仲になった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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