二人ともあまり家に帰らなくなったのは、その日からだった。 時々気まぐれで帰ってくるのだが、二人とも新しくできた彼氏・彼女の家で過ごす事が多かった。 私はタカシ君の部屋。浩太郎は真帆の部屋。 バラバラになった感じはしたが、私達はそれぞれの生活をエンジョイしていた。向こうも何も言ってこないし、こっちも何も言わない。でも少し寂しい気がする。 家に戻ると当たり前のように浩太郎がいた毎日から、滅多にいない日々に変わったことで、また前と同じ一人暮らしになったような感じがした。 大学二年になった夏。四人で海に行こうという計画が立てられた。車でいくらしい。 「いいけど、誰が車運転するわけ?」 私が浩太郎に聞くと、 「俺とタカシができるから」 なんだか心配のような気もしたが、彼らを信じる事にした。 そして海に行く日が来た。 カーステレオで音楽を鳴らしながら、海岸沿いの道路を走る。 駐車場に車を留めると、潮の匂いが風に乗ってやってきた。 「ああ。早く泳ぎましょう」 真帆がはしゃぎながら、浩太郎の手を引っ張る。 「わかったわかった。タカシと未来も早くこいよ」 私達の事を気を使うように浩太郎が言う。 「行こうか」 タカシ君が差し伸べた手を私は優しく掴んだ。 浜辺まで行くと、暑い砂浜の上を歩く。人の声が頭から離れなくなる程混んでいた。 「人混んでるね」 唖然として真帆が言う。 「しょうがないよ。夏休みだし」 私が言うと、真帆が苦笑いする。 私達は、一通り泳ぐと、浜辺で昼ご飯を食べた。露店に売っている焼きそばを買ったんだが、五百円という高値…。味は微妙だ。私の地元では三百円でおいしいのを売っているが、ここはぼったくりだ。 時間が経ち、さっきまで蟻の大群のように群がっていた人達が、だんだんと減っていく頃に、私達は海の夕日を眺めていた。 とても綺麗。海に太陽が吸い込まれるように、沈む。地平線には、二つの船が浮かんでいる。 タカシ君とその様子を眺めていると、向こうの岩場で浩太郎と真帆がキスしているのが見える。 「…人の目を気にしない人達ね」 私が少し俯きながら言う。 「俺達もキスする?」 「馬鹿なこと言わないでよ」 私はそう言うと、近くの岩場に座った。
今日は近くの民宿に泊まる予定だ。部屋は二部屋取ってあって、真帆と浩太郎。私とタカシ君の部屋だった。 海の幸をご馳走になった後、海を一望できる露天風呂に入った。私が民宿の庭で読書をしていると、男性の足元が現れた。 足元から上を見上げると、浩太郎の顔がそこにある。 「あ。なんだ未来か」 「悪かったわね。真帆じゃなくて」 私は不貞腐れたような顔で、彼を見る。 私が機嫌を悪くしたのを感じた浩太郎は、少し慌てふためく。 「あ。そうだ。未来にこれあげるよ」 浩太郎が私に、四葉のクローバーを手渡す。 「これどうしたの?」 私が聞くと、彼は笑いながらこう言う。 「いやさ。さっきたまたま見つけてね。未来、本好きだろ? 四葉のクローバーを栞にしてみたら? なんか可愛いでしょ?」 「なんか幸せになる気がするね」 私が笑うと、浩太郎も小さく頷く。 蝉の鳴き声が夏の夜の暑さを増すかのように聞こえてくる。 私達は芝生に寝転がり、大きな月を眺めていた。 「真帆とはどうなの?」 私が浩太郎に聞くと、彼は嬉しそうに笑う。 「うん。上手くいってるよ。たまにわがままだなって思う時あるけどね。でも可愛い子だね」 浩太郎と一緒にいる真帆は、時々、何か苦しそうな顔をしている。前遊びに行った時でもそうだった。浩太郎が冗談で“結婚する?”って話をしていたら、真帆はムキになって、結婚の事を否定していた。 「そっちはどうなの?」 私? 私はどうなんだろう…。上手くいっているはずなんだが、どうも私は自分に自信がもてない。本当に愛されているのだろうか。そんな事はタカシ君の前で言えない。 「そこそこね」 私が少しため息交じりで言うと、浩太郎が背中を叩く。 「本当に? なんか弱気だなぁ」 私が苦笑いすると、彼は“大丈夫”と言ってくれた。 その言葉は、まるで私を毛布に包み込むような優しさを持っている。 何だか心が安らぐ。こうして大丈夫と言ってくれる人間がいる。 昔から彼と仲が良ければ良かった…。 「本当…。浩太郎にはいつもお世話になってるね。ごめん。ごめんね。こんな私の相談なんて乗って」 私が震えた声で言う。 「何言ってるんだよ。俺達友達なんだから、世話かけるの当たり前じゃん。そだ。さっきのクローバーね。実はもう一株持ってるんだ。そそ。豆知識ね。古来より四葉のクローバーは、その発見される確立が十万分の一といわれるほど非常に珍しく、手に入れると幸運を運んでくれると言われてるんだよ。俺達の友情も十万分の一の確立で成立したんだ」 浩太郎はそう言いながら、もう一個取り出した。 「未来と俺がずっと友達だって証だよ」 その言葉を聞いた瞬間、私の頬を熱い物が伝う。 何年振りの涙なんだろう…。いじめられてた時から、泣かないって決めてたのに…。 私こんなに簡単に涙出すっけ…。 浩太郎は、私の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
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