さっきあったことを、全てダールさん達に話した。 「そうか…。見せ物小屋に無理やり連れて行かれそうだったのか…」 少年は地面をずっと見つめ、こちらには顔を上げない。 勝手な推測だが、彼はモンスターによって育てられた、そのモンスターとこの少年はなんらかの形で…。そして、あの女のモンスターハンターと出くわしてしまい、それで、親モンスターは殺されてしまったってことかな。そして、彼を追いかけに彼女はここまで来たって事か…。 「どんなモンスターが親なんだろうな」 サムワさんは焚き火のための枝を、炎の中へ投げ込む。 「…オレ」 さっきまで黙り込んでいた少年は、ぼそっと口にした。 それっきり何も言わなくなってしまった。 「しゃべることできるんだ…」 あたしが驚いて聞くと、少年はコクンと小さく頷く。 「おそらく物心ついた時には、まだ人間の側にいたんだろ。だから人間の言葉くらい少しは知ってるんじゃないか?」 と、サムワさん。 あたしは焚き火を見ながら、ダールさんに聞く。 「ダールさん。この子も、モンスターとして売るの?」 「おいおい。嬢ちゃん、なんだその心配そうな目。俺がそんな酷い奴に見えるのか?」 見えないけどね…。ちょっと心配になった。 「さあ。いくぞ! 少年よ!」 ダールさんが彼の手を持とうとすると、彼はあたしの後ろへと隠れる。 「嫌われたな」 細く笑むサムワさんに、ダールさんは苦笑いし、頭をかいた。 「どうやら、嬢ちゃんのほうがいいらしいな」 「え? あ、あたし?」 「お前が、そいつの面倒をしばらくみてやれ、ただし、町で目立った行動はさせるなよ」 ダールさんが真剣な顔つきになる。 な、なんであたしなの? また面倒なことに巻き込まれたみたい。 「ところで、キミの名前は?」 あたしが少年のほうに振り向くと、恥ずかしそうに口をもごもごさせる。 「モ、モイスト」
長いようで短いようなバイト生活が終わり、スイト町へ、戻ってきた。 モイストは大きめのマントで体を覆い隠している。さっきダールさんにもらった物だ。さらにセットで靴までモイストにくれたのだ。でも、まだ慣れない二足歩きのために、よたよたとあたしの後をついてくる。歩いているのがかなり違和感あるけど、しょうがないよね…。 あたしとダールさん達は、シャドルと待ち合わせたお食事を食べる場所へと足を運んだ。 「お。おけーり」 シャドルは、ビールのジョッキを片手に、あたし達のほうに向けて乾杯した。 「おい。シャドル何一人で飲んでるんだよ。まさか、俺達の手取りの金で飲んでるわけねーよな」 シャドルはそ知らぬ顔をする。 ダールさんは、シャドルの肩に右腕を乱暴にたたきつけた。ビールをこぼしそうになり、慌ててバランスを取り戻す。 「んなわけないじゃないっすか。もちろん。サムワさん達の分のビールもあるぜ」 なんか、あたしとモイストの存在に気づいてない? 勝手に盛り上がってますな。真昼間からビールって…。 この人達は、いつもこんな風なんだろうか。お店に入った瞬間、お祭りかと思ったさ。賑やかな事。 でも、賑やかの方が好きだけどね。 「あの。シャドル」 居心地が悪そうにしている、あたしとモイストを見て、目を大きく見開いた。何? その目。珍しい生き物でも見ているような目。 「そいつ誰?」 シャドルは、モイストの方を指差した。 モイストはシャドルを見ると、ぎぃっと睨む。 「こいつはな」 ダールさんがシャドルにモイストのことを耳打ちしている。 そーいえば、ハンドが見当たらないな。 あたしは辺りをキョロキョロと見回したのちに、シャドルの方に目を向けた。 「シャドル。ハンドはどこにいるの?」 「ああ。アイツなら、あんたが戻ってくるまで町でぶらついてるって言ってたぜ?」 「そっかぁ。まぁ。疲れたから、そろそろ休みたいなー」 シャドルがビールを片手にこう言う。 「宿屋にいけば、休めるだろ」 「道忘れちゃったもん。案内してよ」 あたしが聞くと、シャドルは持っていたビールを机に置いた。 「道くらい覚えろよ〜。しょうがねぇな。ダールさん悪い。また今度酒おごるから。今日は帰って休んでくるぜ」 「お前。今度酒おごるって言って、約束守ったことないぞ」 「図星みたいだな」 サムワさんは、シャドルの方をじっと見る。 そして、ダールさんが、あたしにこう言う。 「嬢ちゃん。こいつは酷い奴だから、こいつの口車に乗っちゃいけないぜ」 「ええ! そうなの?」 「今度は、もっと危ないバイト薦めてくるぞ」 大声で笑うダールさん。 「そんなことないですよ」 シャドルは苦しそうに笑うと、彼は“ついてこい”と言い、酒場を出る。 あたしとモイストは、ダールさん達に別れを告げてから、シャドルの後を追った。 改めて町の外に出ると、賑やかなんだな〜。 「パヨピヨ」 モイストは嬉しそうにあたしの側までやってきた。 「どうしたの?」 「これ」 モイストが手に持っていた可愛いピンクの花を、あたしの髪の毛に刺してくれた。 「似合う。可愛い」 「あはは。ありがとうね」 モイストってちょっぴり恥ずかしい発言をするんだけど、でも、そこが素直で好きだな。一瞬自分が女の子なんだって事を思い出した。今まで女の子扱いされてなかったけど、モイストってあたしを女の子として扱ってくれるみたい…。 お、町の広場に大勢の人がいる。何かやってるんだ。何だろ。 「ねね。あれ何やってるのかな?」 人が噴水の前に集まっているのを見て、あたしはその様子を見に行った。 「う〜ん。見えない」 あたしが一生懸命ジャンプしても、人だかりの中にいる何かを見ることはできない。モイストも一緒になって、ジャンプをする。 「どうせインチキ手品師だろ。いっつもここにいる奴だ」 「手品師って何々?」 あたしが興味津々に聞くと、シャドルは深いため息をつく。 「何よ。そのため息。不快な気分になるんだけど」 「お前は辞書がなきゃ歩けないのかよ? 手品師ってのはな。指先や器具を巧みに操り、人の注意をそらせておいて、不思議なことをして見せる芸だ。おれたち魔法使いにとっては、あんなのインチキなもんだ」 そう言うと、ふんといって鼻息を吐く。 ふーん。魔法使いと手品師って仲悪いんだ…。 「それよりいく…って戻って来い! パヨピヨ」 あたしは人だかりの中をかけ分けて入っていく。やっぱり一度気になっちゃったもんは、この目で確かめてみたいしね。 あたしはモイストの手を引っ張りながら、一番前の席まで行くと、全身黒色のスーツと黒のシルクハットを被っている、金髪で青い目のおじさんが、立っていた。 「次は、この中から鳩を出してみます。1・2・3!」 そう言うと、シルクハットの中から、自由になった白い鳩が数匹飛び出してきた。モイストはびっくりして口をぽかんと開けている。真剣になって見ていると、後ろから誰かに服を掴まれた。あたしはそのまま人ごみの中から出される。 「ちょっとちょっと! 服伸びちゃう!」 外に出た後、後ろを見ると、シャドルが仁王立ちをしている。 「ごめん〜」 あたしは少し反省して、他の方に目をやる。 「まぁ。わかってるならいいけど…って…おい」 シャドルの声が聞こえたが、あたしは、ピンクの屋根の可愛いお店の方へふらふら〜と歩いていく。 あたしはショーウィンドウを覗いていた。 「すっごい。なんか可愛い服〜。今、みんなこんな服着てるんだ」 黄色い派手なシマシマな靴下や、ぴちっとした黒いミニスカート。太ももあたりがルーズになっているブーツや、ピンクでヒラヒラした乙女チックな帽子。 そーいえば町の女の子の服見たけど、みんな可愛い服着てたなー。それに比べて、あたしの服なんて…。 あたしは自分の服を、ショーウィンドウに飾ってある服と比べた。隣でモイストも、あたしと同じ行動をしている。いいの。モイストは男の子だから。あたしは花も恥らう十八歳の乙女なのよ! おしゃれしたいわよ! 「ださい…」 あたしなんて思われてるんだろ。ださいって絶対思われてるなぁ。この服ほしいな。 この辺は服のお店ばっかりだ。なんか屋根とか可愛いし、あ。男の子の服も売ってるんだ。おしゃれな雰囲気な通りだ。外には植物が飾ってあったり、森で見たポムが鎖に繋がれて、こっちに尻尾を振っていた。 「ポムだ〜。可愛い〜」 あたしがポムをじーっと見ていると。 「おい。いい加減にしろよ」 シャドルは怒りを越して呆れていた。 「んもう! なにさ。いいじゃない。ちょっとくらい。って、モイストは?」 「あ? って、いねーし! どこいったんだ?」 すると、モイストがあたしの前に、嬉しそうな顔をしてやってきた。 「もらった」 そうやって言って、あたしに差し出したのは小さいキャンディー。 モイスト…親を人間に殺されたって言うのに、あたしのこと信用してるみたい。でもシャドルのことはまだっぽいかな。さっきから、シャドルとの距離あけてるみたいだし。なんかちょっとした優越感〜。 親か〜…。ふと道端を見ると、仲良さそうに親子四人組が歩いている。二人の女の子が、お母さんとお父さんに抱っこされながら、はしゃいでいる。 …昔はあったかな〜。あんな風景。小さい頃、よく庭にある噴水の前で、父上がパヨリンをおんぶしていたものだ。それをうらやましがって、あたしが泣いてたっけ。それを慰める母上がいて…。あたしの事嫌いなのかなぁ。父上は…。もう最近では、二人とも国のことで忙しいのか、まったくもって相手されなくなっちゃった。ただ、しかるだけ…。これが多いかも。相手にしてくれる人っていったら、近衛であったルキラスしかいなかったな。彼は、あたしにとってお兄さんみたいな存在で、よくお城でかくれんぼとかした覚えがある。父上や母上に相手にしてもらえない時に、よく一緒に遊んでくれたなぁ。パヨリンの世話もしてたし、年はいくつくらいだっけ。あたしより三つ上だったかな? 大好きだったな。ルキラス。でも、そんな彼も、今は少し旅に出るっていって行ったまま帰ってこないし…。 お城に帰りたいなぁ…。 思い出に浸っていると、シャドルの言葉があたしの頭を叩いた。 「あのな、おれは、お前たちの保護者じゃねーんだから」 あたしとモイストが暗い顔をすると、シャドルがこう言う。 「そんな顔しても無駄だぞ。ほら。さっさとついてこい。今度服買ってやるからよ」 「本当? やった!」 ふと、地面を見つめると、何か光るものが目に入った。 「何?」 モイストはその小さく光るものを拾い上げると、太陽にかざす。 それは、小さな金色のコインだ。表には、何やら文字が、後ろには、バニーガールのお姉さんが、ウィンクしている絵が彫ってあった。 「何のコイン?」 あたしはコインをモイストからもらうと、それをなんとなくポケットにしまう。 このなんとなく入れたコインが、とんでもないものだという事を今はまだ知らなかった。 ポケットの中でコインと何かがぶつかる音がした。これは…あの鍵だ。そう父上からもらった鍵だった。なんだか、この鍵をあることを知るたび、自分のやるべきことが思い出される。そう。あたしは、王家の墓にいかなければいけないんだ。すっかり忘れてた。肝心な事を忘れて、何を冒険に浸ってるんだー。でも、もう少し浸りたい気分。お城に帰ると、こんな楽しい事できないしねー。 あたしって変…。お城に帰りたいとかいったり、まだこのままでいたいって言ったり…わがままなんだよね。 「なんだ? 何かあったのか?」 シャドルが気になって様子を見にきた。 「ううん。なんでもないよー」 あたしがニコニコしながら、笑うと、シャドルは疑問を残したような顔をする。 「おい」 この声は…。 後ろを振り返ると、ハンドがしかめっ面であたしを見ている。この人は、いつもこんなような顔だけど。 「あ。ハンド」 ハンドはうつろ気味でこっちへよってくると、前のめりに倒れてきた。 あたしはハンドの体をうまくキャッチする。 「うわわ。どーしたの?」 ちょっとドキドキしながら、ハンドの顔を覗き込むと、彼は苦しそうな顔をしている。 え? 病気? どーしよ。あわわわ。 「も、モイストお医者さん! お医者さん呼んでー」 「おいっしゃ?」 うわ。何? お医者さんって通じないの!? 「おい! 慌てんなって!」 と、シャドル。 あたしたちが、といっても、あたしだけなんだけど、慌ててると、突如、間の抜けるような音がした。それは何か小さな生物が鳴いたといってもいいような音。 ギュルルルル…。 「お腹すいてるだけなのね」 あたしは安心したような呆れたような気持ちになった。 まぁ。こんなところにいても仕方ないし、宿屋に行こうかな。 シャドルは、倒れたハンドを引きずりながら、宿屋に向かった。いつものシャドルが泊まっている宿屋にね。 「おや。お帰り」 眼鏡をはめ、背の低いおばあちゃんが、笑顔で扉を開けてくれた。シャドルが先に宿屋に入って行くのを見て、あたしも一緒になり入っていく。 「その子は、病気なのかい?」 おばあちゃんがハンドを見ながら言う。 「あ。いえいえ。ただお腹がすいてるだけですよ」 あたしがにっこり笑うと、おばあちゃんも同じしぐさをする。 入り口付近に、小さな机があり、奥からは、ハンバーグのいい匂いがしてきた。食堂があるんだろう。小さい机の向かい側には、一つの部屋があった。二階の 階段には、絵がたくさん飾られていた。 「うわ。すごい。棚がいっぱいあるね。これ何?」 あたしは小さい机の周りをぐるぐると見回す。 この間は、すぐに二階へ行って休んじゃったから、そこまで見てなかったけど…よく見るとおもしろいものばっかりじゃないー。 「そこは、お金払う場所だ。だああ。うろちょろすんなよ!」 シャドルがイライラしながら、あたしに言う。 あたしが周りを見渡していると、おばあちゃんが、あたしの肩を叩く。 「とりあえず食事を食べなさいな」 おばあちゃんに案内され、食堂へ。 食堂には、四つの丸いテーブルがおかれてあり、一つのテーブルには、椅子が六つ並んでいる。その奥には、台所の一部がちらっと見えた。さっきのハンバーグの匂いが強くなってる。 お客さんなのか、先にテーブルについてる、一人の男性が、水を飲んでいる。 「おまちどうさん」 台所から、コックの格好をしたおじいさんが、食事を持ってきた。 男性は、フォークとナイフを持つと、勢いよくハンバーグを頬張る。さっきまでムスッとしていた顔が、和む。 きっとすごくおいしいんだな…。 「おじいさん。お客様。四名様追加ですよ」 おじいさんは頷くと、黙って台所の方へ戻る。 ハンド君を椅子に座らせると、続いて、あたしとモイストとシャドルは、イスに座る。 「じゃあ。ごゆっくり」 おばあさんはそういうと、ゆっくりと玄関の方へ戻っていく。 「ふう。疲れた」 あたしは息をつくと、テーブルに顔を伏せる。 さっきまで食事をしていた男性が、あたしに話しかけてきた。 「あんた、ここの食事、初めてか?」 食事を食べ終わった男性は、げっぷをしながら、こっちを見てる。 「いえいえ、食事は初めてですね」 と、あたし。 「俺は常連客だが、ここのじいさんの食事は一流だ。無口なじいさんだが、さり気に優しいしなぁ」 「さっきおいしそうに食べてましたしね」 あたしが笑うと、むくっとハンドが体を起こした。どうやら、あたしの笑い声で目を覚ましたようだ。 「おはよう」 モイストが言うと、ハンドは、席を立って、周りを見渡した。怖い夢でも見ていたのか、汗をかいている。 「どこだここ」 「ここは宿屋だよ。今から食事をするとこなの」 そういうと、ハンドはなぜか顔を少し緩ませた。彼にしては穏やかな表情だ。いつもの顔とは想像できないくらい。 食事を食べ終えた後、シャドルが小さい袋をあたしに渡した。 「ほれ。約束の金だ」 「いくらくらい稼いだの?」 「さぁな」 シャドルがそう言うと、ベロをちょろっと出した。 「おい。いくらか教えろ。多くとってるんじゃねーか?」 ハンドが横から割って入ってきた。 「忘れちまった。まぁ。いいじゃねーか」 二人が言い合っている間にあたしはお金を持って、目を輝かせていた。 これがあたしが稼いだお金…。ああ。大事に使わなきゃ…。 あたしは袋を嬉しそうに、ぎゅっと握り締める。 すると、力みすぎたのか、袋が床に落ちてしまった。そしてお金の転がる音がする。 「おいおい。何してんだよ…」 シャドルがお金を丁寧に拾っていく。 「あはは」 あたしが笑ってごまかすと、シャドルはあたしを横目にこう言う。 「なんかこいつに金渡すのが不安だ…。レジで預かってもらうか。ちょうどいい。おれの金も預けとくか、今日もここに泊まる予定だしよ。おい。おまえも貴重品預けとけよ」 あたしはシャドルに言われるままに、お金が入った袋の中に、王家の鍵も入れておいた。 「俺も預けるか…」 ハンドも自分の分のお金も(少ししかないらしい)おばあちゃんに預けた。 今日は久しぶりにゆっくり寝れそう。何日ぶり屋根の下で寝ることができるのだろう。 ベッドに入ると、今日の昼に見た幸せな親子のことを思い出す。なんだかんだいって、お城が一番落ち着く。父上に会うとしかられてばっかだったけど、それが居心地よかったのかもしれない。 目の前には天井が見える…。薄っすらと父上と母上の顔が見えてきた。 「父上、母上」 あたしは布団を顔まで被る。 天井に両親がいるかのように、あたしは“父上、母上”と何度も何度も小声で呼ぶ。
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