次の日の夜。薄暗い山道の草むらに隠れながら、夕飯のパンを食べていた。町から南東にあるこの森は、カバジェという森。これもサムワさん達に教わったことだけどね。今日の夜空もとってもきれいだ。星が一つ一つ光っていて、誰が一番輝くかを競っているかのように見えた。 ちょっと湿ってるや。このパン。パンってこんなにまずいのか…。お城のパンは、高級パンだもんな…。今日も狩りか。なんで、あたしってこんなめんどいことやるっていったんだろ。今更だけど、かなり後悔してる。冒険って楽しいけど、寝る場所とか食事を何とかしてほしい…。っていったら、あたしのわがままになるけどね。 昨日の寝床は、荷台の中。うう。花の乙女が寝る場所じゃないよ。 右手に持っていたカンテラを地面に置くと、(これは光を当てる道具で、行く前にサムワさんにもらった)自分の膝に顔をうずめた。サムワさんとダールさんは、モンスターを仕留めるために、手分けして狩りへいった。あたしは、ここで待機中。荷物を見張る役。聞いたところによると、ここには他のハンターもいるから、荷物を盗まれたり、狩ったモンスターを奪っていく人もいるらしい。 それにしても、一人ぼっちになると、心細い…。しかも夜だし、怖くなってきた。 「へくっしょん」 夜の森は少し肌寒かった。木の枝がぶつかりあう音が、不気味さを放っている。 ふと周りを見ると、動物を捕まえるような罠がいくつも張ってあった。きっと他のハンター達の罠だ。 「こんな罠あるんだ…」 その時、ガチャーンと何かが引っかかる音が、暗闇の森に響きわたった。 「ガルルルル」 その不気味さをさらに増すかのように、反対側の草むらから、獣のうなる声がした。 あたしは目を見開き、もっていたパンを地面に落とすと、両手で口を抑える。 何かいる…! 恐る恐る目をこらして、反対側の草むらの隙間から、覗いた。 ドキドキ…。 片足が罠にかかっていて、一生懸命それをとろうと口で罠に噛み付いているモンスター…いや。少年がそこにいた。年は十二歳〜十四歳くらいの。とても人間とは思えない、動物的な動きをしていた。 ボロボロの布をはおり、少し長めの前髪が、左目をちょうど覆っている。少年のくせにちゃんと筋肉がついている。 少年は、あたしが見ているのに気づき、こっちにうなり声を響かせている。 大変。あの子痛がってるみたい…。罠をはずしてあげなきゃ。 「うう。怖いな…」 カンテラを持つと、一歩ずつ少年に近づいていった。 間近まで近づくと、少年はさらに威嚇する、それと同時に何か奇妙な音が…。 グルルルル…。 お腹の音だ! まさか、この子お腹すいてるのかな? あたしはさっき落ちたパンを拾い上げ、細かくわけると、口でふーっと二、三回息を吹きかけた。 「お腹すいたんでしょ? あたしのパンだけど、あげるよ」 手のひらのパンを少年の口にもっていく。 少年は疑い深い目であたしを見ると、パンの臭いをかきだす。 なんだか可愛い。本当の犬みたいだ。 あたしはその様子を愛らしい目で見ていた。 その時、大きな音ともに、あたしの腕を何かがかすった。自分の腕を触ってみる。 うっすらと一直線上にきれいな切れ目ができてて、そこから血が流れていて、怪我した部分がとても熱く感じた。 「ぎゃああああ。血が」 地面のほうに目をやると、そこには短剣が突き刺さっていたのだ。 「そこをどきなさい」 木の葉っぱが生い茂っている辺りから、その声が聞こえてくると、すっと人影が木の上から降りてきた。 月の光が、その人影を写す。二十代くらいの女性がいる。闇に溶けるような真っ黒な服を着てた。真っ赤な唇と色気のある切れ長の目が現れ、肩まで伸びる髪をかきあげると、あたしのほうを甘い目つきで見てくる。 「お嬢ちゃん。ここはあなたのような可愛い子がくる場所じゃないわよ。さっさと家に帰りなさい。私は、その子に用があるの」 その女の人は、腰に下げていた銃を持つと、少年に向けていた。 少年は奥歯をむき出しにして、低い声を出す。 「ちょっとまって! この子は、人間じゃないの?」 少年をかばうように、両手を広げて、女の人の前に出た。 「その子は、モンスターによって育てられた人間よ。見せ物小屋に連れて行くのよ」 モンスターに育てられた? そういわれて見れば、動きがモンスターっぽいっていうか、動物っぽい。 「さあ、その子をこっちに渡してくれないかしら?」 「脅えてるじゃない! だいたい、この子の本当の母親ってどこにいるの?」 女の人は怪しく笑い出した。 「この子の本当の親は、行方不明よ。育て親のモンスターは、私が捕まえようとしたら、刃向かってきたので、私が殺したの」 「そんなの酷い!」 女の人は疑問を持つような顔をし、腕を組む。 「なぜ酷いの? モンスターなのよ。モンスターだからいいの」 「モンスターって、そーいうものなの?」 女の人は、眉毛を持ち上げると、銃をあたしの額に突きつけた。 「ごちゃごちゃいってないで、さっさとそこどいてね」 この人の考え方がわからない。モンスターって殺されるためにあるの? 「どかない!」 あたしは、その女の人をじっと睨みつける。 「嬢ちゃん!」 ダールさんの声で初めて、自分がどんな危機にあってるのかを気づいた。 そーいえば銃を突きつけられてたんだ…。 「ちっ。人が来たか」 女の人はそのまま森の奥へと走り去った。 あたしはその場でよれよれと座り込んだ。 「大丈夫か?」 サムワさんがあたしの肩を揺さった、あまりの怖さに声が出なかったのだ。 「ところで、この罠にはまってるガキはなんだ?」 少年は、ずっとこっちをにらんでいた。
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