さっそくお城を出たあたしは、門の前でぽかーんと立っていた。 後ろを振り返り、塀越しに見る。高い塔が堂々と建っていた。なんだか、門がやけに大きく見え、自分が小さく見えてしまった。 思えば、あたしってこんな立派な所に住んでたんだよね…。 それを見た後に、自分の服装を見る。さっきまで着ていた煌びやかなドレスをはがされ、町の子供のようなシャツと半ズボンを着せられた。さらに帽子まで…。 持ち物は、リュックの中に着替えを二、三日分。たくさん持ってくと邪魔になるだけだしね。それと、お財布と歯磨きと…まあ、色々入ってる。 んで、父上に貰った鍵は、ちゃんとポケットに入ってる。最後の最後まで母上だけは心配してた。 (近くまで兵士を送らせましょうか?) もちろんそれを遮ったのは父上だったけどね。 地面に座り込み、足元の小さな蟻をじーっと見ていた。考えてみれば無謀だったかな? まあ。いつまでもここにとまどっているわけにもいかないね。なせばなる! うん。がんばろ! 城門から少し歩くと、町へ続く森がある。 深い森の奥は、薄暗い空気を放っており、風がスッと吹くと、森全体がカサカサと音を立て、うめく。 あたしは警戒しながら、ゆっくりゆっくりと足を踏み出していった。 うう。なんだか奥が暗いな…。 チッチッチ。 小鳥のさえずりが聞こえてきた。 ううっ。気味悪いな。 その声が、悪魔のささやきに聞こえる。 ああ〜。やっぱり、お城でおとなしくしてたほうがよかったのかも。今から戻ろうかな…。でもかっこ悪いよな〜。 あたしが歩くと、森の木が騒ぎ出す。あたしが止まると、森の騒ぎがおさまる。それが繰り返されていた。奥に行くにつれて、森の明るさが消えていく。 「なんか怖くなってきたな」 あたしは、リュックのショルダーをぎゅっと握り締めた。 やっぱり、誰かに森までついてきてもらうべきだった…。 その時、草むらのほうがざわついた。 茂みのほうからだ!! 「うわっ!」 あたしは慌てて木の後ろに身を隠し、音がした茂みのほうを見つめた。 「チューチュー」 「なんだネズミか…」 胸を撫で下ろし、再び先へ行こうと思い、前を向いたとき、目の前に高さ二メートルくらい、口が裂け、目が真っ赤な木の形をした化け物が現れた。木の先は怪物の手なのか、尖っている。木の身体と一体化したような根っこが生えた足が、あたしの側にじりじりと寄ってくる。 「ぎゃあああああ!」 大声で叫んで、その場にへたれ込むと、少し後ずさり、体を立たせようとしたが、だめだ…腰が抜けて、動けない! その化け物は、奇妙な声を上げながら、針のような鋭い枝をあたしに向けてきた。 次に何をすればいいのかすらわからくなり、頭が真っ白になる。 怖くて声が出ない。 心臓の鼓動が早くなるのを感じ、胸を抑えながら、じりじりと近寄ってくる木の怪物を見つめる。 獲物を仕留めるように、その鋭い枝が、あたしめがけて一直線に…。 反射的に目をつぶる。 あれ? 痛くない? 金属が木にぶつかる音がした。 なんだろう? 恐る恐る目を開けると、鋭い枝先が地面に落ちていた。 次の瞬間、怪物の体は縦に閃光が走り、真っ二つに割れたのだ。いったい何が起こったのかわからずに、呆然としていると、目の前に人が現れた。 漆黒の髪に、深く青い瞳を持った青年。 何かきらっと光る物が見えた。細長い刀だ。刀が鏡のように、あたしの顔を映しだす。左手に指先だけがでる黒い手袋をはめていた。髪は黒く空に向かってつんとたっている。感情が入ってないような目をしている。体黒いTシャツを着て、体型はやや筋肉質。明らかに悪役が似合いそうなその顔。 いつの間に…。呆然と座り込むあたしを、まるで獲物を見るような目で睨む。 かっこいいかも…。 その青年は、静かにこういう。 「さっきの化け物は、森に迷い込んだ動物や人間を襲うモンスターだ。この先、まだいろんなモンスターがいるぞ」 青年は、刀を取ると、その刃先をあたしに向ける。 「ひいいい。何するんですかぁ」 あたしは両手を上へ上げた。 化け物の次は、人間ですかぁ。 「おい。金置いてけ」 表情を変えない青年。 「な、なんで?」 「金がないからに決まってるだろ」 「だって、あたしお金もってないもん」 眉を持ち上げ、あたしの方をじっと見る。 「確かに、貧相な格好で、いかにも金もってなさそうな奴に見える。ちっ…。助けるんじゃなかったな」 青年は刀を、腰紐につけている鞘に収めると、さっさとその場を去っていく。 森は、さっきより不気味さを放っていた。 こんなとこに一人で置いてかれるのはごめんだ! 「ああ〜。待ってよ!」 とりあえず、性格は悪そうだが、あの青年についていくことにしたのだった。
青年の後をついていくうちに、あたしは、他の物に興味が移っていて、怖いって気持ちがどこかに吹き飛んでしまっていた。やっぱり外の世界って楽しい。初めて見る物ばっかりで、あたしの心の中にある好奇心を引き出してくる。 青年の後をついていくと、珍しい生き物を見た。青年に聞く。青年は、そっけないけど、ちゃんと答えてくれる。その生き物は、丸い形で耳がたらんとたれている。目はでっかく可愛い生き物だ。青年に聞くところは、この生物は、モンスターっていったほうが正しいのかな? ポムといいとても大人しいモンスターらしい。ペットとかで飼ってる人もいるんだってさ。 「可愛い〜。キミは一人ぼっちなのかな?」 あたしがポムを触りながら、ポムに話かける。通じるわけないけどね。 「仲間がいるから、連れて帰るなよ」 ギクッ。あたしが考えてたことお見通しだ。 「む、連れていくわけないじゃん。またね」 あたしはそう言うと、ポムの頭を優しく撫でる。 ポムは嬉しそうに、その場にジャンプしながら、あたし達を見送ってくれた。 「あ。この花綺麗だね。なんていう花なんだろ」 あたしは、薄暗い場所で一生懸命咲いている、薄いピンク色の花を摘んだ。 青年はちらっとこっちに目をやり、こう言う。 「それは、カピラっていう花だ」 「へー。いい匂いだね」 「…あぁ。言い忘れたが、その花、毒いも虫がついてるぞ」 「ぎゃああああああ!早く言ってよ! 虫! 虫! 虫が今、あ、あ、あたしの手に乗ったあああ!」 あたしは手をぶんぶんと振る、すると、その毒いも虫が、青年の方へ飛んでいく。 腰にぶら下げていた刀を抜くと、毒いも虫に向かって、一振りする。 空中で真っ二つになった毒いも虫は、そのまま地面に落ちた。 「毒いも虫、て、て、て、手に乗ったけど大丈夫なの? し、死なない??」 青年は刀を鞘に納めると、じっとあたしを見る。 「刺されてなければ問題ない。それより…お前、なんで俺についてくるんだ?」 うう。そう聞かれても…。 「なんで…なんでだろ」 笑ってごまかすと、彼は、呆れた顔を浮かべ、さっさと歩いていく。 「ちょ、ちょっとまって! あ。そーいえば名前は?」 正面を見たまま、こっちを振り返らずに、 「ハンド」 そう答えた。 「あ、あたしパヨピヨって名前ね」 「聞いてない」 かっちーん…。何。この人…。
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