その夜の事だった。静かな夜の森は、昼とは違う雰囲気を放っていた。虫の鳴き声が、合奏を奏でており、夜空にある月が、舞台のバックライトになっている。 まるで森のオーケストラを聴いているみたい。今回の見張りは、皆で交代をしてやることになった。 「だああああああ! 耳元で鳴る虫がうっとうしい!」 あたしは布団を跳ね除け、みんなを見渡す。幸せそうな寝顔に、思わず笑みがこぼれた。あのドラゴンちゃんは、リュックの中にうずくまって寝ている。 「眠れないの?」 見張り役のシャパさんが優しく声をかけてくれた。 「うん。虫が…。ちょっとお手洗いいってくるね」 「ええ。お気をつけて。カンテラと、これを…」 そう言うと、シャパさんは、モンスターが嫌がる匂いの香水と、カンテラをあたしに手渡してくれた。 「ありがとう」 あたしは森の奥の方へ行く。 黒い人影が揺れてるのが見えて、あたしはカンテラを当てた。 「眩しい…」 迷惑そうな顔をして、あたしを見るハンド。 「なんだ。ハンドか。びっくりするじゃん」 あたしはほっと胸をなでおろし、ハンドの方を見る。 この人って本当に不思議な人だ。何を考えてるかわかんないしね。それにあのドラゴンを見た時の反応といい。 「ハンドってよくわかんないや」 「何がだ?」 「色々よ。ねね、一つ聞いていい?」 あたしがハンドの眼をじっと見る。 「くだらない質問でなければいいぞ」 この一言ってなぜかカチーンと来るんだよね…。こういう性格だから仕方のない事なのかもしれないけどね。 「あのドラゴンを見て、何か知ってる様子だったけど、何かあるの?」 答えてくれなさそうな気がしたが、興味本位で聞いてみる。 すると、意外や意外、結構素直に答えてくれたのだ。 「以前、俺が“ある男を探している。”って言ったよな? 実はその男とそのドラゴンが、引き合わせる鍵になってる。その男ってのは、俺の兄だ。俺達は裏の世界の住人だ。兄はそのドラゴンの力を狙っている。お前あのドラゴンにどんな力があるか知ってるのか? とてつもない力を持っていて、世界をこの手にできるのも夢じゃない…俺は兄を止めるために旅をしている」 ハンドがあの裏の世界の住人? どうりで邪悪なイメージが…。 なんだかよくわかんないけど、実は後の方の話あんまり聞いてなかった…。 「まさかドラゴンちゃんも盗む気じゃ…」 簡単に信用できないしね。お金盗んだし…。 「勘がいいな。そうしようと思っていたが、やめた。必ず返しにいくから、そいつを貸してくれないか? 長くなるかもしれんが…。それにお前がもってたら危険だ。それを持ってると、兄は絶対お前の所に来て、お前を殺して、ドラゴンを奪っていくだろう。どっちにしろ俺が持ってた方が都合がいい」 「でも…それじゃあハンドが…」 死んじゃうじゃんと言いたかったけど、言葉が出ない。 「俺は死なない」 その目は、自信に溢れていた。なぜかあたしは、彼を信じてみようという気になった。この人は嘘をついてないって思った。
そして、次の日の朝。 明るい朝日の光があたしに舞い降りた。鳥達が一斉に飛び立った音がして、目を覚ます。ここに何日もいても仕方がないので、朝食を済ませた後は、さっそく出陣となった。確かに野宿ばっかりはもう勘弁してほしい。 森を歩いていると、色んな植物がいる。花に口がついている植物や、ツルが手のようにくねくねと伸びている植物。その上には、奇怪な音を立てて住み着く虫達。 「うわー。気持ち悪い…こいつら、何もしてこないの?」 「ええ。気持ち悪いのは仕方ないことですけど、こちらが何かをしない限り、襲ってきたりはしませんわ」 と、シャパさんはニッコリと笑う。 趣味の悪い植物愛好家の家みたい…。こんなにいっぱいいるし…。 「!」 モイストが匂いを嗅ぎ始めた。 ハンドとコルクが回りを見渡し、武器を取り出す。シャパさんも銃を、太ももから取り出そうとする。 その時だ。素早い動きで、何かがシャパさんのを襲った。 「きゃあ」 銃を落としたシャパさんは、右手を優しくさする。 「ああ〜。シャパさん〜」 アヨユが、あたしのポケットから出てきたが、無理矢理押さえつけた。 「大丈夫? 姉さん」 コルクが駆け寄ると、シャパさんは軽く頷く。 「それより、前を見てコルク…ライトオオカミですわ」 「ガルルルルル」 一匹の三つ目を持った狼が、シャパさんの目の前にいた。かなり警戒した様子で、こっちを睨みつけてる。 「待って!」 モイストがかばうように、三つ目の狼の前に出た。 「どうしたんだ? モイスト」 シャドルが不思議そうに首をかしげると、モイストは悲しそうな目を向ける。 「ダメ! 友達!」 「??友達?」 みんなは武器を降ろした。何か訳ありっぽいみたいだしね。ゆっくり話を聞いたほうがいいみたい。 モイストの話によると、このモンスターは、自分と同じ一族。ライトオオカミとは、暗闇で光る目がライトの様に見えるとこからきたらしい。このライトオオカミの名前は、ケインと言って、モイストの昔からの親友らしい。このケインと仲間達も人間によって捕まえられたが、助けを呼んでくるために、ケインだけ命からがら逃げ出した。だが、それも無駄な抵抗で、追ってきたハンターによって傷を受けた。なんとかここまで逃げきれたのが奇跡に近い。そう言えば、家庭教師の先生が言ってた。ライトオオカミの毛皮は高く売れるって…。 モイストとケインが話している言葉はわからないが、二人とも久しぶりに会えて、とっても嬉しそうみたい。 シャパさんがケインのケガを治したみたいだけど、やっぱりケインは、あたし達を警戒している。 「パヨピヨ…オレ…」 こういう時ってわかる。何度も何度もこういう仕草するから…。きっと言い辛いことがあるんだなって。 「何? ゆっくりでいいから」 あたしが彼の肩を抑える。 「オレ…ケインと仲間、助けに行く。…パヨピヨ、離れたくない」 そう言うと、あたしに抱きついて来た。 手伝ってあげたいのは山々なんだけど、あたしにもやることはあるし。みんなだって他にやる事があるのだ。それにケインは、人間は信用してないから、たぶんあたし達がついていく事は、絶対に無理だろう。 「モイスト。行っておいで。大丈夫。絶対また会えるよ。信じて」 あたしがモイストの手を優しく包み込む。あたしの事ずっと親か何かと思ってたのかな。こんなにあたしの事思ってくれてたなんて…正直嬉しいかも。そう思うと、涙腺が緩む。 「…」 モイストが黙り込んでいると、あたしが背中を押す。 「モイスト、お互いがんばろう! また絶対会おう! 約束する」 「うん…。ありがと。みんな」 そう言うと、モイストとケインは森の奥へ消えていった。 「モイスト大丈夫かな?」 自分で大丈夫とか言いながら、結構心配しちゃう。 「大丈夫だ。モイストはもう大人だ。パヨピヨが思ってるほど子供じゃないと思うけどなぁ」 コルクがあたしを安心させるように、頭をなでる。 またね。モイスト。どっかで会おうね…。
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