温暖な気候の大陸の中心には、カントロール国という国がある。その国のオーラム城。この話は、その城のある王の娘のお話である。 百人程度は入れる大広間の一室。いくつかのブロンズ像があり、気品のある赤いじゅうたんがしかれ、金色に塗られた机が一つだけぽつんとあった。 「ええ~最近。裏の世界に住む、魔獣や獣がどこからともなく表の世界に現れてきます。それは、二十年前のあの戦争が原因かと思わ…って、姫様? 姫様! おきてください!」 ロングスカートをまとった、四十代くらいの女家庭教師が、眼鏡を光らせる。かたわらには、居眠りをしてるポニーテールの少女と、真剣な顔で、ノートをとっている少女。 居眠りをしているその少女は、机に顔を伏せながら、穏やかな寝息を立ていた。小さい唇に、長いマツゲ。服装は純白な長いドレス。頭には小さなティアラ。装飾品がこまごまとつけられていた。少女は、幸せそうな顔で寝ている。一体なんの夢をみているのだろう。
驚いた。目の前に、大きなアイスクリームが、出されていた。 うちの父上のブロンズ像くらいの大きさのアイスクリームだ。 こんなに食べれるわけないじゃん。まあ。でもせっかくだし食べれるとこまで…。 一口アイスクリームを入れようとすると、霧のようにスプーンとアイスクリームが消えていった。 ゴンッ。 それと同時に頭がクラッとする感覚に襲われた。 「お姉さま。やる気はあるのかしら?」 眼を開くと、セミロングの髪をかきあげ、ちょっと釣りあがった目を持ち、その自慢な大きな胸が揺れる、妹のパヨリンがいた。なんとも派手な真っ赤なワンピースドレスを着ている。見た目からして、タカビーとか、わがままという言葉がぴったりな顔だ。これが彼女の私服だ。 パーティーでも行くの? って聞きたくなっちゃうわ。 夢から覚めたことがわからず、少しの間まわりを見る。 大きなシャンデリアがきらきらと輝いている。 目をこすりながら、アイスは? と聞くと、家庭教師の先生とパヨリンはあきれた顔をした。 怒った顔のパヨリンが、すごい形相であたしをにらみつけている。その右手には、分厚い本が…。 「って…まさか、それで殴ったの!?」 朦朧としていた記憶が戻ってきたあたしは、パヨリンに食って掛かった。いまさらだけど、頭がじんじんしてきたみたい。 「ええ。お目覚めにならなかったので」 「痛い~。ひどい!」 あたしはそう言うと、妹の頭を自分のもっていた本で思いっきり殴った。 「きゃ。何なさるの!」 「それはこっちの台詞だよ!」 「ワタクシ何も悪くありませんことよ?」 口喧嘩が始まったとたん、さっきからその様子をオロオロみてた家庭教師が、止めに入った。 「お二人とも。落ち着いて。ねえ?」 「先生は黙ってて!」「先生はお黙りになってちょうだい!」 父上と母上に、呼び出しをくらってしまった。 大広間から出て、少し歩いたところに謁見部屋がある。普段は家臣や国民達と謁見をする場所だけど、今はなぜか、あたし達姉妹の説教部屋になることが多くなった。部屋に入る時のあの大きな扉は小さいころよくあたしを泣かせたものだ。大きい物がすべて怖く見えた時期。この扉は、裏の世界の入り口のような気がする…。そんな気を起こさせたりした。そうそう。裏の世界っていうのは、今あたし達がいる世界とはまったく違う世界。魔物やら、怪物がいっぱいいるとこらしいの。よく子供を脅す時に親が言う台詞が、決まってこうなの。“裏の世界の怪物にさらわれちゃいますよ”ってね。 中に入ると、いくつかの肖像画が並べてある。その中で、もっとも印象に強かった肖像画は、国の危機を救った伝説の勇者カインだ。勇者って聞くと、かっこいいイメージがあるけど、ここに描いてある勇者は、ひげが生えていて、眉毛の太いおっさんだった。両手に二本の剣を持っている。お世辞にもカッコイイとは言えない。どちらかと言うとごついイメージがある。 その隣には、かなり美人の女の人が…。綺麗な水色の髪で、ウェーブがかかっており、笑顔がとっても似合う。まるで慈愛の神だ。勇者の奥さんらしいが、とても信じられなかった。 その先に、王様と女王様が座る椅子が並べてある。椅子にはたくさんの装飾品が飾られ。後ろのカーテンには、星の形をあしらった国家のマークが大きくししゅうされている。 「まったく…」 腕を組みながら、あたしとパヨリンを見てるのは、あたしの父上。父上は何を怒ってるかというと、さっきの家庭教師の先生…、あたしとパヨリンの喧嘩を見て、呆れて帰っちゃったらしいの。
自己紹介がかなーり遅れちゃったね。 あたしはパヨピヨ。将来、この国の女王となるべき者。小さいころから、一度も外に出たことがなくて、冒険の本を読んだりして、外の世界に憧れを持ってるの。まあ、いわゆる箱入り娘ってとこかな。それに比べて、妹のパヨリンは、外の世界が大嫌い。あたしとは正反対で、外の世界に怖いイメージを持っているらしい。 「パヨピヨはもう十八歳なんだから…少しは大人にならないと」 父上の隣で困った顔をしていた母上が、あたしを見つめる。 「だって~だって~パヨリンが…」 地団駄を踏むあたしを、パヨリンが横目でみた。それを見た父上は、眉毛をぴくっと吊り上げさせた。 「いい加減にしろ! お前は一体いくつになったんだ。少しは大人になったらどうなんだ」 突然のことで、目を大きく開けてびっくりしている。 「私も、お前くらいの時には、強固な軍勢を率いて、旅に出たものだ。それに比べて、お前はなんだ!」 あたしは、黙ってそれを聞いていた。 今日は、いつもと違い、説教が長いなぁ。 「本当にこの国を治めることができるか心配だ。そろそろお前の将来を決めなければ…な」 父上は、怒って言うよりも、少し悲しみを秘めた表情を見せる。そして、自分の胸にぶら下がっていた小さい鍵をじっと見つめる。 「王家の墓か…」 父上は、小さくそうつぶやくと、あたしのほうをまた見る。 「お前は王家の墓を知ってるか?」 また急な質問をされて、戸惑っているあたしに、パヨリンが口を挟む。 「王家の墓くらいお勉強したでしょう。この大陸のどこかにある洞窟に、王家のご先祖様が眠っている場所ですわよ」 なんだかムカツクので、パヨリンは無視しとこう。 「まさか…パヨピヨに行かせる気ですか?」 母上は、座っていた椅子から、慌てて立つ。 「それは…危ないんじゃ…」 そう言うと、パヨリンは、怖がり出した。 「ええ!?」 三人の会話がまったくわからないまま、話が続けられる。 「この試練は、もう少し後にする予定だったが…。国を治める王女としての自覚を持ってほしい」 父上はそう言うと、首からぶら下がっていた鍵を掴む。 「パヨピヨには王家の墓に行ってもらう。これが王家の墓の鍵だ」 父上は、あたしの手にそれを乗せると、包み込むようにあたしの手を握る。 「お父様。お姉さまを一人で行かせるの?」 パヨリンは、真剣な顔つきで、父上に聞く。 「そのつもりだ」 「ええー。一人で? 王家の墓ってどんな所なの?」 あたしがドキドキしながら聞くと、父上は脅すようにこう言う。 「墓には恐ろしい試練が待ってるという…」 あたしは唾を飲んだ。半分好奇心もあるけど、正直さっきの脅しにびびってる。 それに数年前から、裏の世界に住む邪悪な怪物や魔物達が表の世界に入り込んできているのだ。 どこから入ってくるか分からないが、家庭教師の先生は、裏の世界と表の世界を繋ぐ結界がゆるんできたと言っていた。 「うう。ちょっと怖いかも…」 「お前はもう子供じゃないんだぞ。王家の墓から指輪を携えて戻ってくるんだ。指輪を持ち帰れば、王女として認められる」 「ついでにお姉さま。覚えておいて、指輪は、国を支配できる証としなってますわ。大切に扱わなければいけませんよ」 うう。パヨリン、なんでそんなこと知ってるの。やっぱり父上は厳しいなぁ。って、待てよ。裏を返せば、これはいいチャンスじゃん。このまま町に出れば、あたしは自由! ああ。憧れの外界! 外に出ればどんな冒険が待ってるんだろ。数々の冒険を、危険を冒しながら、仲間たちと乗り越え、その先にはでっかいお宝でもあるのかしら? それを見つけた時、今までは、親や城に守られてきた人生から、あたしは変わるのだ。そして、新しい友達と出会い、そして…恋愛! ああ~。考えただけで、心が躍りだしちゃう~♪ 「うん! あたしやるよ!」 右足を床にたたきつけると、パヨリンが心配そうにこういう。 「ずいぶん強気ね、お姉さま。そんなに簡単なものじゃなくてよ。外には、どんな恐ろしいことが待ち受けてるか、わかんないのよ」 「大丈夫よ! もう決めたんだし、あたし行ってくるよ!」
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