道を歩いている。 右側には山。 左側には田んぼ。 前も後ろも道。 幼い頃の帰り道。 人気もない、民家もない、夕方の薄暗い道。 そのうち左側の田んぼが竹やぶに変わった。 わたしはそこで立ち止まる。 竹やぶの前に、重たそうなランドセルを背負ったこどもが立っている。
こんばんは 学校帰りかい こんなところで何してるの 早く帰らないと日が沈むよ
こどもはぼんやりとこちらを見る。 眠そうな目をしている。
帰りたくない
こどもは言う。
じゃあ学校に行くの
行きたくない
こどもはわたしからふいと目を逸らすと、歌い始めた。 聞き覚えのあるうた。 何のうただったか思い出せない。 右側の山に向かって、咆えるように歌う。 しばらくそれを聞いている。 日はどんどん傾いてくる。 そのうち歌いつかれてしゃがみこむ。 それでも山を見上げて歌う。 吐き出すように。
行こうか
わたしは言う。
どこに
どこでもないところ
でも
こどもは躊躇しながら言う。
おこられる
だれに
おかあさん
不意にわたしの頭がずきんと鳴る。 こどもはうつむく。 わたしは歩み寄って隣にしゃがみこむ。 こどもは泣いていない。 ぼんやりしている。 どうしてぼんやりしているのかわたしは知っている。 見ないようにしているのだ。 苦しみ。 痛み。 寂しさ。 疎外感。 虚無感。 直視したら、保てなくなる。 崩れ落ちてしまう。 だから、それらを感じないように、何も考えないように、ぼんやりしている。 いつしかそれが習慣化してしまった。 そのうちどの感情が何と言う名前なのか、わからなくなってしまった。
行こう
わたしは言う。 こどもは応じない。 わたしはこどもの手を無理矢理引いて、立たせる。
このままずっとここにいるつもりなら、
わたしは言う。
殺すよ
どこに行くの
こどもは問う。
わからない
わたしはため息をつく。
でも、
こどもの手を強く握る。
家よりは、学校よりは、いいところだよ
わたしはいまだにこどもの手を引いたまま、歩き続けている。 帰れないまま。行けないまま。 こどもは時折強くわたしの手を引っ張る。 その力は強く、重い。 酷いときは体ごと上にのしかかってきて、立ち上がることもできない。 その度に必死でなだめて、引っ張らないようにさせる。 いつかわたしの元を離れてくれることを願いながら。 わたしはこのこどもが憎くて憎くてたまらない。 殺したい。 同時に愛しくてたまらない。 抱きしめたい。 このこどもは、わたしだった。
|
|