■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ちいさい話 作者:かせいち

最終回   10〜15
10. inner child



 わたしはなんにもしらなかった。すべてがうまれてはじめてで、いつもめをかがやかせていた。手を繋ぐ感触、肩が触れる瞬間、上目遣いで見上げた時の笑顔、頭上から降って来る低い声、人がすぐ傍に居る温かさ。ぜんぶはじめてだった。ぜんぶおぼえている。わすれられない。もう、しってしまったから、わたしはもうもどれない。ひとりにもどれない。もどれないよ。ちいさいころからだれもいなかった。わたしはもうおとなになっちゃった。あんなにもちかくにひとがいてくれたことはうまれてはじめてだった。





11. コンクリート



 ちょっと体調が悪かっただけだ。ただ、ものを食べようという気にならなくて、しばらく何も食べない日が続いただけなのに。貧血で倒れるだなんて。バカみたいだ。
 世界がちかちか白っぽく光って見える。視界がぐるぐる回ってる。呼吸がつらい。私の周りだけ重力が増したみたいに、地面にへばりついている。このまま溶けてコンクリートと一体化してしまいそうだ。むしろそうなってしまえばいいのに。だって周りを行くひとは見向きもしないか、ひそひそ話しながら過ぎていくだけだもの。
 わかった、そうか、もうコンクリートになってしまったんだ、私。バカみたいだ、そのうち、あの人が私の上を歩いて行くんだろうか。わたしはいつもそこにいるって気が付かないまま。




12. 女子高生



 紺のハイソックス、白のブラウス、チェックのミニスカート、山吹のカーディガン、茶のローファー、銀のピアス、青のアイシャドウ、黒のマスカラ、桃のチーク、赤の唇、見て、どこからどう見てもぴかぴかの女子高生でしょ、ただ、足りないものは、私。





13. 髪



 髪を自分で切る癖があった。自分の汚らしい癖毛が嫌いで、イラついて、髪をわしづかみにしてジャキッと切ってしまうことがよくあった。
 今日、久しぶりに切ってしまった。あーあ、せっかく伸ばしてたわたしの髪、あんなに嫌いだった自分の髪ですら、少しずつ受け入れられそうになってたのに。せっかくふんわりしたパーマかけて明るい茶髪にしてたのに。女の子らしくしてたのに。
 目の前にははさみがひとつと、くねくねカールしたオレンジの髪がいっぱい落ちてる。穏やかに波打つ夕暮れ時の海みたい。その真ん中で、はさみは必死で刃を光らせながらひとりぼっちで浮かんでいるのだ。
 
 顔を上げると、鏡に人が映っている。誰だっけこれ、いびつなショートヘアがこっちを睨んでる。私はこんな目嫌いだ。こんな、人が居ないと生きてけないくせに、人を寄せ付けようとしない目。きっと彼もこの目が嫌いだったんだろう。くそくらえ。強がりめ。見れば見るほど嫌い嫌い。本当に切り落としてさよならしたいのは髪なんかじゃない。





14. 煙草



 煙草を初めて手にしたのは15の時でした。当時は全てにいらだちを覚えて、孤独感と不安感が常に喉元を圧迫してくるような気がしていました。その喉に煙を流し込んだんです。それからしばらくは半年に一度くらい思い出したように一本だけ吸っていたけど、最近になって不定期だけど頻繁に吸うようになりました。煙草はよくないよと周りの人達は言ってくれます。そんなこと知ってるありがとうごめんなさい。でもあの人は何も言ってくれないから。だから。




15. 泣く



 彼女はいつもぼんやりとしている。目と口を半分だけ開けて、空とか山とか地面とか星とか月とか、そういうものをよく眺める。
 僕が声を掛けると、相変わらず同じ表情で僕の顔を見上げる。つかれちゃったんだね とか、ゆっくり休もうか とか、僕は傍に居るよ とか、君はここに居るよ とか、そういうことばを掛けると、口を閉じてゆっくり瞬きをしてうなずく。そういう時の彼女は、声も出さず、顔にも出さず、涙も流さずに泣いているんだと僕は思う。

 いつか彼女のなで肩に手を当ててぎゅうっと力を込めて抱きしめようと思う。その時は彼女は涙を流して泣くだろう。そしたらきっと彼女はやっと笑えるだろう。



← 前の回  ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections