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2年半 作者:かせいち

最終回   1



 2年半付き合った彼女と別れた。



 彼女は年下で、学生で、幼い妹のようにいつも俺のあとを着いて回った。
 目をきらきらさせて、俺を見上げる表情は子犬のようだった。
 俺のことを信じきって疑わない目。
 尻尾を振って、俺の一挙手一投足に反応した。
 彼女の世界では俺が全てだった。
 俺のどこが好きなのか聞いてみると、私のことを愛してくれるところ、と答えた。
 それって俺のこと好きってのとはちょっと違うんじゃないの、と意地悪に返したことがある。
 峻にはわかんないんだよ。
 何が。
 死の危険を感じるくらいの孤独感。






 彼女は将来俺と結婚すると言っていた。
 海外に出るという夢はどうするのと聞くと、峻がいればいいと言った。
 俺はそれに違和感を覚えた。
 俺は彼女のことが好きだったから、彼女にはやりたいことをやってほしいと思っていた。
 俺のせいで諦めるなんてことは嫌だった。
 もっと自分の将来のことをちゃんと考えてほしいと言うと、峻のいない私の将来なんてないと答えた。
 俺ももういい歳なので、彼女との将来は考えていた。
 だけど、俺にとっても、彼女にとっても、このままでいいのだろうかと考えるようになった。
 俺に出会わなければ、彼女は自分の夢に向かって突き進んでいたのだろうか。
 俺が彼女の人生を変えてしまったのだろうか。
 そう考えると怖くなった。
 





 別れを切り出したのは自分のためでもあり、彼女のためでもあった。
 俺といることで彼女の夢がなくなってしまうくらいなら、と考えた結果だった。
 彼女は俺のことを愛していたし、俺も愛していたけど、夢を諦めてしまう彼女を将来ずっと愛せるか、ずっと一緒にいられるか、自信はなかった。
 別れを告げたとき、彼女は一言だけ言った。
 峻のいない私の将来なんてない。
 違う、そうじゃなくて、俺のことじゃなくて、自分のことを考えてほしいのに。
 





 その後彼女は学校に姿を現さなくなったと聞いた。
 心配した友人が家を訪ねたが、鍵もかかっておらず、埃とゴミと衣服で荒れ放題の家には誰もいなかった。
 どこに行ったか心当たりはないかと聞かれたが、彼女と一緒に行った場所は多すぎて列挙しきれなかった。
 海に行った。山に行った。温泉にも行った。東京にも大阪にも行った。海外にも行った。お互いの実家にも行った。
 どこにも見つからないまま、2週間が過ぎた。
 彼女が見つかったのは、どの観光地でもない、どの思い出の場所でもない、ゴミ捨て場だった。
 俺のマンション近くの廃屋前に不法投棄された粗大ゴミの山の中で、彼女は眠っていた。
 右手に睡眠薬の殻を握り締めて。
 最初に見つけたのは俺だった。
 その姿はまるで、飼い主に捨てられた犬だった。
 黒く汚れ、ぼろぼろになって、うずくまって、誰かが拾ってくれるのをじっと待っているように見えた。
 一命を取りとめた彼女は現在入院している。
 まだ彼女には会っていないし、これからも会うことはないと思う。
 だから彼女がどんな様子なのか、人づてにしか知らない。
 彼女は病院で、峻に愛してもらえない自分なんていらないと言っていたという。
 峻に愛してもらえない自分なんて価値がない、峻のいない将来なんていらない。
 彼女は自分の命を否定することで、俺に振られたことを否定しようとした。
 俺に振られた自分はどこにもいないと、そう思いたかったんだろう。
 医者は彼女はアダルトチルドレンだと言っていた。
 彼女がこれまでどういう風に育ってきたのかは知らないが、どうもそうらしい。
 俺が彼女に関わったのはここまでだ。
 今どうなっているのか、退院したのか、そのアダルトチルドレンは治ったのか、何も知らない。
 ただ残ったのは、理不尽な罪悪感だけだ。
 
 
 

 

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Novel Editor by BS CGI Rental
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