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雪の中のふたつの話 作者:かせいち

最終回   ゆきみち
 もうどのくらいの間、もの食べてないんだろう。

 いや、食べてはいるけど、一日に1、2回くらい思い出したように冷蔵庫を開けて、2日前に炊いた米だとか、果物だとか、中にあったものを適当にそのまま食べているだけだった。
 
 なんだかものを食べることすら面倒臭い。
 
 それよりも眠たい。
 
 今この道端にうずくまって眠ってしまいそうなくらい。
 
 この寒さなら確実に死ねる。





 ふぅっと息をつくと白いもやが現れる。

 顔を上げて、もうもうと真っ黒な夜空へ向かっては溶けていくそれを眺めながら歩く。
 
 わたしは冬の白い息が好きだった。

 とても美しい、と思っていた。

 だけどとても悲しいとも思っていた。

 吐いた息は消えてなくなってしまうんじゃない。

 ただ、目に見えなくなるだけなのに。

 だから、いつもそこに居るのに、誰にも気付かれない。

 それはものすごく悲しいことだと思う。





 例えば、わたしが、

 雪でスリップした車に吹っ飛ばされて電柱かガードレールかどっかに頭ぶっつけて死んだとしても、

 ひとり暮らしの女性を狙った卑劣な犯罪に巻き込まれたとしても、

 空腹と貧血で道端で倒れてそのまま朝まで発見されずに凍死したとしても、

 わたしは悲しくなんかない。

 悲しくなんかないよ。

 こうして冬の息みたいに生きてる方がよっぽど悲しいもん。










 冬の家路はいつも悲しくなる。

 うちに着いたらまた冷蔵庫を開けるだろう。

 まだ何か残っていたらわたしはまた生き永らえるだろう。

 こんなに悲しいのに、生きてしまう。

 だから余計に悲しいんだ。
 
 




 例えば冬の息の美しさに気付く人がわたしの前に現れたなら、

 この悲しみもあと少しだけ和らぐような気がしてるんだ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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