その夜の電話――。 「涼子さんは何とか助かりそうです」 亜由美が嬉しそうな声で報告を始める。「先輩の応急措置が素晴らしかったと、滝先生が言ってました」 「そうかぁ・・・・押さえてただけだけどな」 と、受話器の向こうでさらりと大地が言う。――きっとその顔を綻ばせているだろう。 「はい。しばらくは絶対安静だと言う事ですが」 「そりゃそうだろう」 流石にな――と、大地は続けて 「で? 舞と真人は・・・・?」 「・・・・それが、やっぱり病院に残ると言い出して・・・・」 「残してきた?」 見透かすような大地の言葉に、亜由美は 「・・・・はい、あの・・・・」 と、言いにくそうに答える。「どうしてもって聞かなくって・・・・」 「病院の『護り』は一応固めてきたんだろ?」 彼は決して亜由美を責めているのではない。「なら、あの二人なら大丈夫さ」 「そうだといいんですけど・・・・」 亜由美は思わずそう言ってしまう。余計な思いがムクムクと胸の奥で鎌首を擡げる。 「ははは、大丈夫だよ」 殊更明るい大地の口調。――元気付けようとしてくれているのが十分過ぎる程よく分かる。 あの後、真人の様子がおかしかったことがどうしても亜由美は気になっていた。いつもの調子とは違って、言葉数も少なく、返事も重い彼の様子が頭から離れない。 そして、真人は舞と病院に残ると言いだした。 「亜由美くん?」 「え、あ‥‥はい」 亜由美はそれ以上出掛かった言葉を飲みこんで、別の言葉に変えて口にする。「あの、先輩・・・・。綾香先輩の話――、どう思いますか?」 「あぁ、真人の事か?」 直ぐに応じる大地。「どうってなぁ」 僕は見ていないしと、返ってきたのは呑気な答え。 「涼子さんが話そうとしていた事と、真人の様子と――」 そしてそれは舞の―― 「まぁ、急ぐなって、亜由美くん」 と、今度はしっかりした口調で大地は亜由美に話しかける。「ちゃんと二人から話があるはずさ‥‥!」 涼子が倒れた時の真人の不振な行動――。 綾香は自分がそれを見た事を二人に話している。話せる時に話しておかないとこの先、何が起きるか分からないと、彼女は抑揚を押さえた声でそうも言った。 「これからが大変そうだな」 と、大地が言う。その声は厳しさを増していた。「もしかしたら、また――」 「先輩!」 亜由美は大地が言いかけた事を察してきつい口調でそれを打ち消した。 「あ、いや、そういう話じゃ――」 慌てて言い繕う大地。「分かってるって。あんな事はもう二度とご免だよ‥‥!」 「先輩にそう言って貰わないと私‥‥」 綾香が硬い表情でこうも言っていた事を亜由美は嫌でも思い出す。 真人と舞の、二人の過去の交差線上にある因縁が何なのか、私にも『視えない』けれど――。 「その因縁の影に潜む敵意を消さない限り‥‥」 ――過去の亡霊にいつまでも二人は捕らわれたまま。 「心配性だなぁ、――亜由美は」 「え?」 と、亜由美は受話器に目を寄せて瞬かせる。 「よし、今から会おう」 「は?」 「待ち合わせ場所は――」 「ちょ、ちょっと先輩!?」 「じゃ、いつもの場所で」 大地は戸惑う亜由美を余所に、勝手に話を進めていく。「八時過ぎでいいかな」 「せ、先輩! 会うって今から――!?」 わ、私ジャージだけど‥‥!! それは大地らしい誘いだった。亜由美はこんな時だからこそ、大地の強引な申し出が嬉しい。 かくして、順風高校を騒がせた怪魚事件――警察の逮捕者も出して、表面上は――は終結する。 しかし、この後に続く更なる悲しい事件はまたもや学校の枠を超えて、封鬼委員会をほの暗い過去の闇底で待ち受けている。 せめて――今夜だけでも恋人達の逢瀬に平穏あれと願わずにはいられない‥‥。
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