「あんた一体何者?」 速水 涼子は目の前の剣呑な笑みを浮かべる生徒を見つめ返す。ここ数日、その生徒が自分の周辺を何かと探っていたことは間違いなかった。 「――何者でも、いいじゃないですか」 はははと、生徒は短く笑って下を俯いた。「‥‥まぁ、強いて言えば」 「‥‥」 「いや、言うほどの者でもないですよ」 「巫山戯てるの――」 「いえいえ、先程までの話はあくまで嘘偽りない話です」 自分の顔の前で慌てて手を振る生徒。――やはり油断ならないなと、涼子は相手を値踏みするかのような表情を崩さない。もちろん、少しでも変わった素振り――例えば自分に向かって来るとか――を見せればその場でねじ伏せるつもりだ。 「で‥‥、私にどうしろと」 涼子は問う。今までの話を聞いて尚、彼女はその生徒の真意を確かめたい。「封鬼委員会なんて関わるだけ損な奴らじゃない」 「まぁ、そう言われればそうですけれど、あくまで私の目標はその中の一人」 そう、それが舞――。 隣のクラス、体育の授業でしか顔を合わさないけれど、よく知っている女子生徒。 「もちろん、リスクが大きい事は承知していますよ。だけどこれだけの事が出来るのは貴方しかいない」 生徒はそう言ってジッと涼子の顔を見つめる。下手に出るのでも高圧的な態度でもない。ある意味一方的に話すだけ話しをしておいて、後は好きなようにどうぞ――、とそんな生徒の余裕ぶった表情が余計に癪に障る。 「――間違っていますか?」 舞とは体育の時間にしか合わないが、お互い顔を合わせれば色々と話もしてきたし、それなりに友好的な感情も持っている。 「いえ、間違ってはいないわ」 それを――、知っていてコイツは‥‥! 「間違っていないけれど、その話には大事な物が欠けているわ」 「大事な物? 何ですかそれは」 教えて欲しいなぁと、彼女の思っていた通りの、屈託のない危険な笑みを浮かべる生徒。 「でも、折角の話をいいんですか?」 しかし、生徒は涼子の答えを待たずに口を開く。「貴方のお父さん――」 「え?」 涼子は思わぬ言葉に眉をひそめて聞き返す。「何?」 「私、居場所を知っているんですよ。貴方のお父さんの」 「っ!!」 耳を疑う。 「――『用』があるんでしょう?」 その言葉で、涼子は目の前の生徒が途端に恐ろしくなる。その笑顔が自分の心を見透かすように迫ってくる気さえした。 「力がなければ何も出来ませんよ」 母を捨てて出て行った男――。許すわけにはいかないその存在を、涼子はいつの日か自分の手で断罪したいと思っていた。 「半幼の貴方が勝てる見込みはゼロ」 ――良いチャンスじゃないですかと、生徒はただ穏やかに語りかける。 力を手に入れるにはそれが一番てっとり早い――。 しかし、涼子はその狂言を遮って 「あ、あんた私の事調べたねっ!? 」 と、怒りを顕わにして生徒を睨み付けた。 「私はただ、貴方のお役に立ちたいだけ。そして、その事が私の利になるので言っているんです」 「なら自分ですればいいじゃないの!」 吐き捨てる。これ以上関わり合うのはご免だと正直思った。しかし―― 「何を怖がっている!」 突然声を荒げた生徒に、思わず涼子はビクッと身を竦める。 「こ、怖がってなんか――」 「いいや、怖がってますよ」 またしても柔らかい口調。知らず知らずに翻弄される涼子――。 「な、何を根拠に‥‥っ!」 そう、見透かされている。 本当は、力が欲しい。あの男を跪かせ、泣いて自分と母親に詫びを入れさせるだけの力が! そんな力がどうしても欲しい‥‥! 「力を得るのに、何の躊躇いがいります?」 短い言葉の一つ一つに己の身が捕らわれていく、そんな事を感じる。だんだんと自分の心を否応なしに剥き出しにされていくかのような――、焦燥感。 的確な言葉を返すことが出来ず、黙りこくる涼子。 「では手始めに貴方の父親が今住んでいる場所を教えましょう」 そう言われては――もはや、嫌と言うだけの気力は残されていなかった。 「会ってみれば貴方の心も否定はしませんよ」 それはそうだろうと、涼子はその言葉を素直に受け止めるしかない。‥‥そうして、彼女は決意する。 「貴方自身の、そして貴方のお母さんの為です――」 そこに、他人を想うだけの理性は存在しなくなる。 「全て上手くいきますよ。私の言う通りにしてもらえれば‥‥!」 思考能力をそぎ落とされた涼子はその言葉に静かに、しかしはっきりと頷いた。
|
|