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海邪履水魚 作者:上山環三

第20回   事態は最悪
 沢村を雲行教頭に引き渡した綾香達は今度はグラウンドに出ていた。
 後の対処は任せておけばよいだろう。慌てて体育の主任教師とやって来た雲行に綾香が手短に事の次第を話し、雲行はその場で真っ青になったり真っ赤になったりといつもの小難しい表情からは想像も出来ないような有様。
 ともかく、綾香はこれ以上の時間の浪費を嫌って、大地を連れて体育教官室をさっさと後にする。
 ――真夏の太陽がグラウンドをグツグツと煮込んでいる。
 グラウンドに向かう途中、食堂の自販機で二人はジュースを買って一仕事終わらせた労を互いにねぎらった。そして、休む間もなく彼らは次の場所へと向かう。
 「じゃあ、沢村先生は三年前の教育実習の時に・・・・?」
 大地は並んで歩いている綾香に向かって、今更ながら信じられないといった様子で訊ねる。
 「そう。私に移った彼女――、染井 美波子さんと激しい恋愛関係に陥った」
 それは綾香の霊視に反応し、更に彼女に憑依してまでもその事を伝えようとした女子生徒の思念。
 「・・・・」
 「女性同士の恋愛は恐いって言うけど――」
 そう言われても大地には想像できない。「いや、まぁ・・・・、それで殺してしまった、と・・・・?」
 「方や教育実習生、方やその教え子。ここからは想像するしかないけれど、片方が一方的に熱くなれば片方はどうなるか・・・・」 
 「・・・・そうだなぁ・・・・」
 そう言われると合点がいった大地。神妙に頷く。
 「それより、ここでしょう?」
 目的地に着いて、綾香が大地に目を向ける。
 「あぁ。この一番奥の倉庫が『開かずの間』だ」
 二人はグラウンドの片隅にある、老朽化した建物の中へ入る。
 目指すは大地の言う通り、一番奥の倉庫――『開かずの間』。雲行達に連行される前に沢村から聞き出した、亜由美たちが軟禁された場所である。
 綾香は体育教官室から持ってきた鍵を、鉄の扉に付いた錆びた南京錠へと射し込む。
 「おーい、大丈夫か――!!」
 大地が扉越しに呼び掛けるとしばらくして
 「先パ〜イ! 早く出して下さ〜い!!」
 と、聞き慣れた声がする。「ココ、蒸し暑くって死にそうです!」
 「待ってろ、今開ける!」
 言い終わらないうちに綾香が鍵を外し、大地は扉を開ける。「――みんな無事か!?」
 部屋の中では砂埃が舞っていた。真人がはしゃいだ所為である。その隣で亜由美が閉口していたが、大地が入ってくると疲れた表情ながら笑みを浮かべて応える。
 「喉乾いた〜!」
 と言うのが汗だくの亜由美の第一声。ブラウスや髪の毛が体に張り付いて不快なこと極まりない!
 「おいおい、礼が先だろう」
 大地が苦笑しながら言う。「にしてもちょっとしたサウナだなここは」
 「はい。――綾香先輩、ありがとうございます。助かりました」
 「どういたしまして」
 「‥‥あのなぁ」
 「神降さん、早くお礼を言わないと山川君のそれ、貰えないわよ」
 「え?」
 綾香の言葉に亜由美は怪訝な表情を浮かべて大地を見る。そして奇声。
 「あ――!」
 「大地先輩、二つも貰っちゃっていいんですか?」
 と笑いながら言う真人が、大地から手渡されているものは紙パックの果汁100%オレンジジュース二個。大地が先程の自販機でわざわざ買ってきた物であった。「いいよ、いいよ。真人の方がどっかの誰かさんよりかはよっぽど素直だからな」
 「せ、先輩――!」
 思わず悲痛な声を上げる亜由美を尻目に、
 「いただきまース」
 と、真人はオレンジジュースをありがたく大地より頂戴する。
 「‥‥」
 口を半開きにして落胆する亜由美に、綾香が捌けた口調で声を掛ける。「さ、ここは暑いから早く出ましょう」
 「そうですね〜」
 調子に乗った真人が追随する。
 「それと、多田羅君。一つは私がお金を払っているの」
 そんな真人に綾香はぴしゃりと一言。「そっちの一つは神降さんにあげなさい」
 「分かってますって。――はい、先輩」
 「あ、ありがとう」
 珍しくしてやられましたね、と真人が小声で亜由美に耳打つ。その言葉に少々鼻白む亜由美。
 ともあれ、直ぐにストローをチューチューし始めた後輩二人を
 「ほら、出るぞ出るぞ〜!」
 と、大地は手の平をヒラヒラさせて出口へ向かわせようとする。しかし――
 「待って!」
 「あん?」
 綾香が大地の肩に手を置いた。「――剣野さんは!?」
 「え? ここに――」
 いないよな、と大地は今更ながらに眉根を寄せる。
 「一ノ瀬先輩、剣野の方が先じゃないんですか?」
 「貴方たちが先だけど、一緒じゃないの?」
 「‥‥じゃあ!」
 「沢村先生は何も――」
 と言いながら綾香が亜由美を見る。
 「委員会室で襲われた時私が先に気を失って――」
 「何処か別の場所にって事か?」
 「はい、多分‥‥」
 大地の言葉に悲痛な面持ちで頷く亜由美。――浮かれていた自分を責める。
 一瞬その場に沈黙が訪れる。
 ――今回の事件は未だ終幕を下ろさせないつもりらしい。一つの懸案が片付けばまた一つと、封鬼委員会を翻弄するかのように続いていく。
 そうして、皆がそれぞれに舞の行方を憂慮していたが、彼が一番先に顔を上げた。
 「先輩!」
 と、その声に先輩全員がサッと真人に視線を集中する。「プールに行ってみます!」
 彼は自分を見つめる三人を見回した。「あそこしかない‥‥!」
 その言葉に亜由美が小さく、しっかりと頷く。
 大地も唇の両端を引いて真人の言葉に応える。
 「だったら早く行きましょう! ――プールにいるとしたら事態は最悪よっ‥‥!」
 と、綾香が険悪な声で口走る。
 ――次の目的地はプール! そこが最後――。
 その事を四人全員はすぐに予覚した。そして 
 「行こう!」
 と言う、力強い委員長の言葉に封鬼委員は直ぐに動き出した。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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