土曜日名物(とは教師のセリフである)、長い特別補習授業が終わったばかりの教室の中は、帰りの準備でざわめく生徒でごった返している。疲れた体を伸ばして大げさな息をついている男子生徒や、雨天ながらも、これから遊びに行こう! と盛り上がっている女子生徒達・・・・。 すきっ腹を抱えた大地も、そそくさと机の上を片づけてバックを手に取ると、先生に問題を当てられた時とは違って、俄然勢いよく立ち上がる。 まだ、問題のプリントと睨み合っている生徒はいるものの、その顔ぶれはいつもの少数メンバー。教室では当番の生徒が黒板の文字を消し始めている。常磐先生が担当した今日の補習は、黒板の端から端までビッシリと『常盤文字』で埋まっている。『読めそうで読めなさそうでいて、辛うじて読めるような』字は、黒板を飛び出し、隣の掲示物にまで及びそうな勢いで書き殴られていた。 と――、ざわめいていた教室の雰囲気が急に静かになって、大地はその気配にふと振り返る。 「山川くん――」 おいおい、その声は・・・・。 「一ノ瀬――」 綾香が教室の入り口にスラリと立っていた。恐れ多くも自分を見ている(!)。 静かに笑みを浮かべる彼女の姿にクラスの誰もが声を潜めている。しかもその目線の先の相手が大地である。無遠慮且つ興味津々な視線が二人に注がれている事は言うまでもない。 「め、珍しいな・・・・」 とりあえず苦笑いでその場を取り繕うように(全くなっていないが)、大地は言う。どうもこの綾香だけは苦手であった。雫と違って軽口が通用しない。その目でジッと見つめられると何も悪い事をしていなくても小さくなってしまうのである。 「みんながいないの」 「え?」 「とにかく来て、ここじゃ話もできないわ」 「そ、そうだな・・・・」 と、まぁ、それは大地も同意見だったので、彼はクラスメイトの視線を背中に感じながらあたふたと教室を飛び出す。 綾香は先に歩き出していた。行き先は――、いつもの教室ではないらしい。 「待ってくれよ。一体何が起きたんだ?」 彼女に追い付いた大地は訊ねる。何となく、彼女の様子からただ事でないのは予想できた。「みんながいないってどう言う事だよ?」 「分からない‥‥」 いつもの冷静さと余裕が合わさったかのような鉄壁の表情はなく、言葉尻を濁す綾香の表情は硬い。 大地の先を行きながら、綾香は窓ガラスが割れイスや机が倒れたままの状態で放置されていた委員会室の現状を説明する。その状況をみた彼女は、そのまま大地の所へ来たのだと言う。 「そうか・・・・、で、今からどこへ行こうってんだ?」 一旦頷いておいて、大地は緑艶やかなの黒髪に向かって聞く。 「とにかくこうなってしまった以上、先手を打つしかないわ!」 「先手?」 やはりただ単に相談に来ただけではないらしい。大地を一瞥する綾香の表情は確かに重いが、彼女は次になす行動を決めている。 「そう。正確には先手じゃないんだけれど」 「‥‥」 「今日の会議で話すつもりだったんだけど、こんな事になるならもっと早くに手を打つべきだったのかも知れない――」 と、綾香の足が止まった。着いたらしい。準備していた鍵をすぐに差し込む彼女。 ここは、放送室・・・・!? 頭上のプレートに視線を送って、大地は眉を寄せる。鍵を開けた綾香は放送室の中へ上がり込もうとしていた。しかし、合点がいかない大地は 「待てよ一ノ瀬っ!」 と、すんでの所で彼女の腕をつかむ。 「!!」 腕が伸び切って、綾香が顔をしかめながら大地を睨み付ける。 「あ、ごめん」 慌てて大地は手を放す。「でもお前ここでどうする――」 「来て」 大地の問い掛けには応えず、綾香は中へ消える。渋々それを追う大地――。 放送室に来たって事は、やっぱりアレだよな‥‥。 中に入るなり綾香はやはり放送の準備に取りかかる。器機のスイッチを入れながら綾香は徐に口を開く。 「教師の沢村 温子よ」 「え?」 大地の間抜けな返答に綾香がその視線を突き刺すかのように言う。 「彼女が犯人なの。今から呼び出すから、そこで直接対決よ・・・・!」 そこで綾香が大地を見据える。「いい?」 「ま、待てよッ」 急に言われても困るというものである。「何がどうなって沢村先生に行き着くんだ?」 大地は説明を求める。 「説明は後」 「おい――!」 話をするんじゃないのかよ! 大地が声を上げた――。がしかし、それを無視して綾香はマイクのスイッチを入れた。
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