時は変わって土曜日。昨日までの快晴から一転して、朝から鬱陶しい雨がぼそぼそと降り続いている。 亜由美と舞の二人は女子水泳部の部室にいた。中は運動部の部室らしく適度に(?)散らかっていて、やはりというか芳香スプレーの匂いがくどいくらいに残っている。 「適当な所に座って・・・・」 そう言って二人を促したのは中にいた水泳部の女子生徒。「ちょっと散らかってるんだけど・・・・」 彼女――、清川 幸恵は恥ずかしげに言う。しかし 「わぁ、ウチの部室よりも全然マシ・・・・!」 と、舞が感嘆の声を上げたのに亜由美は隣で苦笑した。 「あっ、仲町 隆のポスター!」 「・・・・ちょっと舞、遊びに来たんじゃ・・・・」 亜由美ははしゃぐ後輩を肘でつつく。 「あぁ、一年生に好きな子がいるんですよ」 幸恵はポスターを一瞥すると感心なさげに言った。がっしりとしていそうな体型は制服の上からも見て取れる。 「すいません。あの、話を聞かせてもらえますか?」 舞をポスターの前から引き剥がすと、一言謝って亜由美はその場に座る。舞もそれに倣って、幸恵は二人が各々その場に座るのを見て、徐に口を開いた。 「あの、話は山川先輩に言ったとおりで・・・・」 「はい、もう一度詳しく・・・・」 亜由美の言葉に促されつつ、幸恵は言う。 「プールに魚を放したのは私です。皆さんにご迷惑をおかけしました・・・・」 そう言ってうな垂れる彼女。 「幸恵さんはどうしてそんな事を――?」 そう。先日、会議の場に現れた大地が話した事――。 つまり、プールに魚を放したと名乗り出た人物が、この清川 幸恵であった。今、亜由美たちが幸恵と話す機会が得られたのも、大地のクラスメイトにいる水泳部の女子生徒が、後輩である幸恵から相談を受けたからである。 「私、部活の練習が嫌になって‥‥。自己ベストもどんなに練習しても更新できないし、新しく入って来た一年生にも負けてしまって・・・・」 幸恵は唇を噛む。悔しそうな表情に硬く握られた両手――。「もう、何もかも嫌になって私・・・・、ちょっとした悪戯のつもりだったんです」 それで、魚をプールに放したと言う。 「・・・・本当にごめんなさい・・・・」 「そうですか・・・・」 と、亜由美は返して、舞と顔を見合わせる。舞は亜由美に目配せをしてから幸恵に質問する。 「アノ、清川先輩。プールに放した魚はどこから持ってきたんですか・・・・?」 「え? ・・・・あぁ、それは父の飼っていた鯉を・・・・」 「鯉って錦鯉――?」 「そ、そうです」 見たところ内気そうな彼女が、そもそも水泳部に所属している事自体が不思議である。もっとも、人は見掛けによらないと言うし、その事は事件とは関係ないだろう。 「分かりました、幸恵さん」 と、亜由美は彼女を安心させるように大きく頷いて言う。 「・・・・私どうすれば・・・・?」 幸恵は不安そうな眼差しで亜由美を見つめる。 「心配しないで。――それより幸恵さん。今話した事を知っているのは私たちの他に誰がいるの?」 「えっと・・・・、奈央子先輩だけだと思う・・・・」 奈央子先輩と言うのが大地のクラスメイトで、水泳部三年の原田 奈央子だろう。つまり、幸恵が プールに魚を放した事を知っているのはその二人に加えて亜由美と舞、それから幸恵本人の計五人 と言う事だ。 「――分かったわ。それからこの事は他にはもう誰にも喋らないで欲しいんだけど、幸恵さん、お願いできる?」 と、言う亜由美の言葉に、幸恵は素直に頷いた。 こうして、清川 幸恵との会見は滞りなく終了した。
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