■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

海邪履水魚 作者:上山環三

第14回   仕切り直し
 事件は、なかなかその深層――、いや、真相を見せなかった。
 綾香たちがプールで、そして舞が川口に襲われたと言う事は封鬼委員会の動きに対する犯人の牽制と見ていいだろう。その川口自身も何者かに操られていたのだから事件解決への難しさを伺う事ができる。後に彼に対してはヒアリング調査を行ってはいるが、操られるきっかけになった事、そして実際に操られている最中の記憶がない、もしくは曖昧な事が判っている・・・・。
 ともかく不用意な動きを犯人に見せるわけにはいかなくなった。更に犯人がこれから目的遂行の為にどのような行動を起こすのか、全く予想がつかないという難しい状況にある。
 封鬼委員会の面々はもう一度事件の整理を試みる事から始めていた。
 「まずは綾香先輩がプールで見た女子高生の思念だけど――」
 場所はもちろんいつもの教室。窓はこれでもかと言うくらいに全開にされているが、期待していたような涼風はちっとも入ってこない。これじゃ『無風』高校ですよ〜と、真人が汗を拭きながら言ったのにも頷けるだろう。
 「目撃されている魚影とその思念との間につながりはあると思う?」
 と、亜由美が問題提起をし、向かいに座っている後輩から意見を求める。
 「そうですね〜」
 と、口調の割りに真剣な表情の真人。「もちろんあると思いますよ。ただ、一ノ瀬先輩が見たのはプールにいた数多くの雑霊の中の一つだと思います」
 「なるほど」
 真人の意見に頷く亜由美。「で、魚影との関係は?」
 「まぁ、そう急かさないで下さいよ〜。つまり、こう言う事だと思うんです」
 真人が苦笑するとせっかちな舞が突っ込んだ。
 「もったいぶらないで早く言いなさいヨ」
 「今から言うよ。――僕は雑霊があの魚に変化しているんじゃないかと考えてます」
 「え?」
 そんな事あるの? と、舞。ジト目で真人を見てから、彼女はやはり亜由美の意見を伺う。
 「そうねぇ・・・・。私もそれは考えたわ」
 「先輩もそうですか」
 心強い先輩の言葉に真人はしたり顔。しかし亜由美は険しい表情のまま
 「でも、自然に変化しているとは考えにくいわね」
 「どういう事です?」
 「誰かがそうなるように仕向けているとか‥‥?」
 亜由美の視線は空を彷徨う。「でも、どうしてそんな事をしなくちゃいけないのかしら? そんな面倒な事をする理由が解らないわ」
 と、慎重に結ぶ。
 「そうですね〜、それが分かれば今回の事件は解決するような気がします」
 渋い表情で真人も頷く。只の愉快犯なのか、何かの確信犯なのか‥‥。
 「――じゃあ、今度はプールに張られた結界の事についてなんだけど――」
 「あの、先輩」
 今度は舞の発言である。「アレって、やっぱりあたしたちに対する挑戦だったと思うんですケド・・・・!」
 『挑戦』と言う言葉が彼女らしい。そしてその意見は実際狙われただけに説得力はある。
 「ちょっと待てよ」
 と、真人のやんわりとしたセーブが掛かる。「それじゃあ俺たちが動き出す事が犯人には分かってたって事か?」
 その言葉にも一里あるが――。
 「だって、こう言う類の事件はあたし達の管轄でしょ」
 舞は強気に言い返す。「だったらそれ位分かってる事じゃないの?」
 「僕は結界は犯人にとってもっと大事なものだったと思うな・・・・!」
 「どう言う事よ」
 ムスッとして舞は尋ねる。どちらかというと真人の方が口が立つのでこういう展開になるのは仕方がない。ただ、舞自身はそれを自覚していないだけで‥‥。
 「だからさっきの続きだよ。思念を集めて人面魚を創るには――」
 今回はあくまで『人面魚』にこだわる真人。観察ツアーを組んだだけの事はあろう(?)。
 「――プールを結界で封鎖しなくちゃならないって事さ。結界があればプール内の霊圧は思うがままにコントロールできるだろ?」
 場の霊圧をコントロールし、何かの術式で思念を怪魚に転じる――。そう言った方面の知識があればやって出来ないことでもないだろう。
 「それはそうだけど、でも‥‥、だからその『人面魚』は何の為やってるのよ」
 真人の自慢げな物言いに大いに不服そうな舞。
 「それは、例えば供養とか――」
 「供養?」
 端で聞いていた亜由美が繰り返す。「――それは考えなかったわ」
 「え、そうですか? まぁ、根拠がある訳じゃないですけど」
 「只の思い付きじゃないのぉ」
 舞はジト目で真人を一瞥して、
 「あたしは犯人に操られた川口先生に襲われたのよ。そんな供養なんてするのならどうして私たちと敵対するのよ」
 と、また声を荒げる。
 「邪魔されたくなかったとか?」
 「だったらもっと騒ぎにならないようにやってよね‥‥!」
 ――と言うわけで、議論はいつまで経っても想像の範囲を出ず、且つ平行線をたどるのみのようである。結局、何とか言って下さいヨ! と、真人と舞が同時に亜由美に詰め寄る事となった。
 「先輩!」×2
 まぁ、そう睨まれても困るわけで。
 「あんたたちねぇ・・・・」
 と、亜由美はため息を吐く。「なんて言うか・・・・」
 「?」×2
 「もっとさぁ、ほら、建設的にと言うか、お互い尊重し合うとかってできないの?」
 先輩の呆れる言葉に白々しい顔をして真人が目を瞬かせる。
 「何言ってるんですか、先輩。僕たち仲いいじゃないですか〜。なぁ、剣野?」
 「え? そ、そうだよネ」
 舞も引き攣った笑顔を慌てて浮かべる。
 「あぁ、そう・・・・」
 ――それならいいの、と、亜由美はもう一度大きく息を吐く。
 「ともかく。結界の事だけれど、私はどちらもあり得る話だと思ってる。プールにしても、舞が襲われた事にしてみても、犯人は結界を使ってきてるわね」
 その言葉に、二人の後輩はしっかりと頷いてみせる。
 「今はプール以外に校内に何か異変がないか、徹底的に調べる事ね。特に犯人の使う結界石は絶対に見落としちゃ駄目‥‥!」
 亜由美は更に二人に注意する。「それから犯人からのアプローチがあるかも知れないからとにかく気を付けて行動して」
 それが敵意のあるものだとすれば尚更である。
 ――にしても、打つ手無しと言うか、やる事なす事後手後手にまわっているのは決して気の所為ではないわけで・・・・。そもそも今回の事件と言うのも、ただプールに妖しい魚が出ただけと言うのだから、それはこれから起きる事件の、ほんの一角しか見えていないと言う事なのだろうか。
 しばし各々が沈黙の後――
 「まさか〜・・・・」
 と、真人がやけに爽やかな笑顔で(?)口を開いた。「これで終わり、何て事にはならないっスよね〜?」
 「・・・・え?」
 意外な言葉に女性二人が一斉に真人に視線を向ける。
 「何言ってんのよ、真人!」
 「だけどさ、何かこれ以上は何も起きないような気がして・・・・」
 「待ってよ。アタシは狙われたのよ! このまま何も起きないわけがないじゃない!」
 と、舞は逆上寸前だ。今にも赤い傘が真人の首筋に突きつけられそうである。
 「お、落ち着けよ、剣野! ただ何となくそう思っただけだって!! か、傘降ろせって!」
 いや、やっぱり突き付けられた。
 「うるさいわね! アンタだって一回狙われればいいのよ――っ!」
 仰け反った真人のイスが倒れた音も掻き消える程の絶叫。だが――
 「あぁもう! 二人ともっ!! 席に着きなさい!!!」
 と、ついに亜由美の爆雷(!)が落ちた。「いい加減にしなさい! 子供の喧嘩じゃないのよ!! 真面目にやんなさいッ!!」
 舞の1.5倍(作者比)、血管ブチ切れの彼女の剣幕に、真人と舞の二人は縮み上がる――! 肩をすくめ、小さくその場に伏せると互いに視線でやり取りする。
 お前が悪いんだぞ――!
 何よ! アンタがむかつく事言うから――!
 と、仲良く罵り合いながらも、彼らは頭上を嵐が通り過ぎるのを待つのであった・・・・。
 そして数分後――。
 「あ、あの先輩。暑くはないですか・・・・?」
 と、下敷きを持ってご機嫌取りをする真人と
 「先輩、ジュースでも買って来ましょうか?」
 と、両手を揉み合わせて喋る舞の姿。
 そして、その二人を従えて、亜由美は愚痴ていた。「確かに、アンタたち、仲いいわね‥‥!」
 最後の『ね』の発音にドスが利いているのは言うまでもない。
 「え? ははは、そうっスよ。だから言ったじゃないですか! なぁ剣野?」
 「そうだよネ、真人――。これでもアタシたち仲いいので有名なんですよ、先輩」
 「・・・・」
 「あはははは」×2
 その笑いは『限りなく重厚な沈黙のカーテンを揺り動かそうとする微かな清風』と、でも表現しておこう。
 「――で、何だっけ?」
 と、亜由美は大きく息を吐くと髪の毛をかき上げながら視線を上下する。何とか気を取り直す彼女に、真人はすぐに言い繕う。
 「はい。その、今後の対応なんですけれども――、これから何があろうともみんなでがんばろうと言う事で――」
 「ふうん」と、亜由美が気の抜けた返事をしたその時だった。
 「――山川先輩!」
 突然舞が声を上げた。
 ――え、先輩!?
 驚いてドアを振り返る亜由美。視線の先には封鬼委員会委員長の山川 大地の姿。
 「やぁ、やってるなぁ・・・・」
 彼は今までの張り詰めた空気とは全く異質の、ある意味ライトな雰囲気を身にまとって教室に入ってくる。
 「先輩・・・・」
 流石に亜由美はバツが悪そうに呟く。後輩二人の妙にホッとしたような表情に彼女は内心舌打ちながら。 
 剣野――、地獄に仏とはこの事だよなぁ。
 シッ! 真人、先輩に聞こえるわよ!
 「今日は、もう大丈夫なんですか?」
 「ん? あぁ、補習ならやっと終わったよ」
 大地は開放感溢れん笑顔で亜由美にそう言うと、近くの席に着く。亜由美は自分の座っている席――委員長席である――と交代しようとしたが、大地は気にせず先に座ってしまった。
 「で、みんなに知らせたい事があって来たんだけど・・・・、何か取り込み中だった?」
 「いえ、そんな事ないですよ〜!」
 と、真人が間髪入れずに言い放つ。相変わらずこういう場面での切替は天下一品である。
 「それならいいんだけどさ・・・・。亜由美くん? 何か言いたい事でもあんの?」
 「え? 別にないですけど・・・・」
 亜由美は大地の呑気な問い掛けに、少々剥れながら応える。後で散々文句言ってやろうと心に誓う彼女である。「それより、知らせたい事って何ですか?」
 「あぁ、確か今はプールの妖怪魚について調べてるんだろ――?」
 大地は徐に一同を見回す。皆、彼の発言の内容を思案しているのか、小難しい顔をして聞き入っている。それを確かめて彼は右手の人差し指を立てた。
 こういう演出をするのは大地にしては珍しい。――そして、一呼吸おいて彼は口を開いた。
 「今回の犯人が名乗り出たんだ・・・・!」
 ――その言葉が、教室の空気を一気に沸騰させたのは言うまでもない。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections