■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

海邪履水魚 作者:上山環三

第13回   白昼夢
 綾香は『想い』を見ていた。
 それは自分と同じ女子高校生がプールに残した想い。
 ――以前プールで綾香に憑いた霊の追体験だった。前回は死の直前の、もがき苦しむイメージしか伝わってこなかったのだが、今回は全く違うようだった。

 その夜――。
 彼女は恋人を待っていた。
 待ち人の事だけを想い、会える喜びで一杯の胸中。
 綾香はその焼き付いた感情の全てを読み取る・・・・。
 やがて彼女の恋人として現れたのは、彼女と同じ高校の教師だった。
 「先生・・・・、会いたかった」
 ――そう。愛していたのね・・・・。
 更衣室での熱い一時。二人は愛を交歓し合う・・・・。
 でも、それは夢。夢はやがて現実へと回帰する・・・・。
 見ている綾香にはそれが痛いくらいに分かっている。
 「先生、一緒に泳ご・・・・」
 夢見心地の彼女は言う。まるでそれは水辺で踊る歌姫のように・・・・。
 だがしかし、その想いは狂気に踏みにじられ――

 「綾香――!」
 「――!?」
 親友の朋子が、青い顔をして綾香を覗き込んでいた。「大丈夫・・・・!? 顔色悪いよ、綾香」
 ザブン! と、誰かがプールに勢いよく飛び込む音が耳に飛び込んできた。その飛沫がプールサイドにいる順番待ちの綾香たちにも降りかかる。
 そう・・・・。今は体育の時間・・・・。
 「ごめん。もう、大丈夫」
 と、ギュッと両目の中央を指で押し摘んで、綾香は応える。炎天下のプールサイドで、自分の血の気が引いているのが分かった。
 その映像は突然、綾香の中に流れ込んできた。一度『彼女』とリンクしたから――なのだろうか。しかし白昼の、いきなりの出来事に、綾香の精神は平常を取り戻すまでに幾ばくかの時間を要する。
 「綾香‥‥?」
 自分の名を呼ぶ親友を、少し待ってと、綾香は掌で制する。
 『彼女』の気配は完全に消え去っていた。
 今日はいつもにも増して厳しい日差しが肌を突き刺している。猛暑に『物凄い』と言う形容を付けてもまだ足りないくらい、暑い。確かにプール日和であるが、綾香の内心は今はそれどころではない。
 しかし、プールから今にも逃げ出したくなるような心境――それには多少どころかかなり体育が苦手であると言う極めて現実的かつ直接的な理由も含まれてはいる――にも関わらず、彼女はそれを押し殺していつものようにクールに振る舞っているのである。
 「ね・・・・、ホントに大丈夫なの?」
 と、綾香の唯一の親友である朋子は心配そうに言った。彼女は、綾香の特殊能力の事を知っている数少ない人間でもあるからだ。
 「綾香――、もしかして何か・・・・」
 見えたの? と言う言葉を辛うじて朋子は飲み込む。
 順風高校では、既にプールに人面魚が出る事――それは噂から既成事実へといつの間にか昇格していた――は食堂のおばちゃんはもちろん、校内の自販機のメンテナンスにくる飲料会社のおじさんも知っているくらいに広まっていた・・・・。
 そして朋子としても、何も喋らない綾香だが、彼女が封鬼委員会として事の真相を探っている事くらいの見当は付いているのである。
 「大丈夫」
 綾香は少し笑みを浮かべる。それは朋子の手前だからでもある。
 「そう‥‥。分かった」
 いつも多くを語らない綾香に対して、朋子は決めている事ある。綾香が自分の特殊能力についてコンプレックスを持っている事は自分なりに分かっているつもりだった。心配はするが、余計な詮索は出来る限りしまいと、彼女はそう心に決めているのである。
 ピーッ! と、教師のホイッスルが鳴った。
 「あ、私の番だ」
 朋子は慌てて立ち上がった。「行ってくるね」
 綾香は手を小さく上げて応えた。その視線の先に、沢村がいた。
 日によく焼けた沢村はプールサイドの端、一コースの横に立っている。そのプロポーションは長身の上に均整が取れていて見事なものである。
 あんな体型になれるのなら私も水泳やるわ! と、クラスの誰かが鼻息を荒げていたのを綾香はふと思い出す。
 「‥‥」
 飛び込み台に朋子が立ち、彼女は綺麗に弧を描いて水面に飛び込んだ。
 キラキラと耀く水飛沫。
 飛び込みの順番が近付いてきたが、今はそれよりも先程見せられた『想い』についてどう考えるかで綾香の思考はフル回転している。
 つまり、ソレはそうまでしても自分に見せたかった『想い』と言う事なのだ‥‥!
 そう思い至った時、ようやく綾香の心は本当の意味での落ち着きを取り戻して、今度は次にどうするかについて考え始めていた‥‥。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections