気が付いた時、あたしは保健室のベッドの上にいた。 うつろな気分のまま、あたしは周囲を見回した。 ブラインドの隙間から暖色の西日が差し込んできているのが分かった。 「気が付いた?」 聞きなれない声を耳にして、あたしは窓とは反対の方向へ向いた。 そこに座っていたのは保健室の先生ではなかった。制服を着ているから間違はない・・・・。 「心配しなくていいのよ。もう大丈夫だから」 その人は言った。そうして、あたしは悪夢を思い出す。 が――、マッハで起き上がったあたしの胸には、あるべきものが付いていた。 その感触を心行くまで確かめ、体操服の首の下から覗き込んで存在を確認したところで、あたしはやっと安堵の息を吐いた。これ程までに自分の胸を大事だと思った事はなかった。 「ちゃんと付いてるでしょう?」 にっこりと笑ったその笑顔が魅力的で、あたしはついつられて微笑んでしまった。 「あたしは神降 亜由美」 その人はそう言った。二年生だとその後に付け足した。 そして、間を置かずにその人はこう続けた。 「あなたの様な・・・・、この世にあらざる者に憑かれた生徒を助けてるの」 その言葉の意味はなんとなく理解できた。 「あなたの場合、厳密に言えばちょっと違うんだけどね」 彼女はそう言ってあたしの顔を見つめた。あたしは何がどう違うのか聞きたかった。でもその人の視線は、真っ直ぐあたしを射抜いてきて、その質問を出す機会を与えてくれなかった。 あたしは目を逸らす。逸らした先にもう一つベッドがあった。 「由香――!?」 あたしは思わず声を上げた。どうして彼女が保健室にいるのかは、全く理解できなかった。 由香は死んだように眠っていた。死んでいない事は微かな胸の上下で分かった。 あたしは今度こそ説明を求めるつもりで、息を吸った。 「憑かれていたのは由香さんの方なのよ」 「え?」 「『デルモちゃん』って言うのかしら? それが憑いていたのは由香さんの方だって事」 その人は由香の方をちらりと見る。 あたしは言葉を失って、今言われた事がどういう事なのか理解する事に時間を費やした。 しかし、そう――。それは少し前から、ある種の不安的に気付いていた事ではなかったか? あたしはその事実に気付かぬふりをしていた・・・・? 何故? コンプレックス――? 友情? それともただの優越感・・・・? 「つまり、あなたは犠牲者なの」 その言葉が、あたしの頭の中に響いた。あたしが犠牲者? ギセイシャ・・・・。 「あれは女の子のコンプレックスを糧にして存在する悪霊なの。今まで、そのコンプレックスの元になっているモノを吸い取る代わりに、あれは女の子の願いを叶えていたのよ」 その人の言葉が頭の中で反復され、痛いくらいに響いた。 でも――、今のあたしに必要なのは、あたし達に起こった出来事に対するそんな解釈じゃなかった。 ゆっくりと起き上がって 「由香・・・・?」 あたしは由香の体を揺すった。 由香と話がしたい。強烈な欲求があたしを突き動かしていた。 「由香、お願い、起きて・・・・!」 由香の眉がピクリと動いた。眉根がそのまま引きつる。 「由香――」 あたしは膝をついて、由香と同じ高さで視線を合わす。 苦しそうに、一言うめいてから、由香は目を開けた。 「真奈美・・・・」 由香の目に涙がぶわっと溢れた。「真奈美・・・・ゴメン」 「もう、いいよ」 「ゴメンね・・・・、あたし、あたし・・・・!」 由香が泣きじゃくる。あたしもいつの間にか泣いていた。 由香は「ゴメンね」を繰り返した後、泣き笑いの顔になって言った。 「あたし・・・・真奈美の胸が羨ましかったの」 それを聞いた、あたしの目から涙が止め処もなく溢れた。自分でもびっくりするくらい、それはあたしの頬を流れ落ちた。 「・・・・どうして自分の胸はこんなに小さいのかって、毎晩悩んだわ。真奈美が物凄く羨ましかった」 そこには悪意はなかった。あるはずがなかった。 あるのは女の子の弱み・・・・。そしてその弱みに付け込んだ悪意があっただけ。 「そんな事ないよ!」 あたしは口走った。「あたしだって――」 結局、二人とも女の子なんだと思った。夢見る少女だったのかもしれない。でも、別にそれでもいいと思った。 あの人がそっと出て行く気配がした。 その気配を背中で感じて、あたしは心の中でお礼を言う。 「真奈美・・・・」 「何?」 「眠っていい?」 由香のすがる様な視線がいとおしかった。 「うん・・・・。あたしが付いててあげる」 晩春の暖かな陽射しがあたし達を包み込んでいた。 この陽気も梅雨が始まればかき消されてしまうだろう。そうなれば後は初夏の燃え上がるような熱気が訪れる。 でもあたしはもう少し、この心地よい陽気に身を包んでいたいと、切に願った・・・・。
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