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相違相愛 作者:上山環三

第9回   彼の人
 舞と正毅は祥子のアパートに来ていた。白鴨 実果も一緒である。
 三人は祥子の部屋の玄関の前。
 「やっぱり誰もいませんね‥‥」
 チャイムを鳴らしてみて、舞は二人に言う。「どうしますか?」
 「――祥子の奴、ホントどこに行ったんだよ!」
 苛立ちを隠す余裕もない正毅。放っておくと玄関のドアを蹴り飛ばしそうである。
 が、白鴨だけは眼鏡の奥の目を細めて
 「大丈夫。予想通り」
 と、笑みを浮かべた。「こんな事もあろうかと――」
 「実果さん、何か出てくるんですか?」
 何をしてくれるのかと、舞が目を輝かせる。
 「二人が来る前にね、管理人さんに鍵を借りてきたの。これで中へ入れるでしょう」
 実果はそう言って三〇三のキーホルダーが付いた鍵をポケットから取り出した。
 「スゴイです! 実果さん」
 「ど、どうやって‥‥」
 「うふふ。それは内緒」
 高校生二人を前にほくそ笑む白鴨。どことなく気品はあるが、年齢不詳の笑顔である。「じゃあ正毅君。玄関、開けてくれるかしら」
 「はい」
 鍵を受け取った正毅は神妙な顔付きで鍵穴へその鍵を再込むと、半回転させる。
 ――ガチャリ。
 と、音がして玄関のドアは開いた。
 「開きましたね」
 正毅の当たり前の感想も
 「そうね。開いたからには中へ入ろうかしら」
 と言う白鴨の妙に頷ける言葉に繋がっていく。
 部屋の中は、女性二人が住んでいる割には、控えめの(?)インテリアで統一されていて落ち着いた雰囲気である。
 「お、俺入って大丈夫スかね?」
 舞と白鴨が遠慮無く中へ入って行くのを見て、今更ながら正毅が玄関先で尋ねる。
 「何? 篠田、緊張してんの?」
 「――そんなんじゃないけど、ココ祥子とアイツのお姉さんの家なんだろ? 剣野と白鴨さんは女性だし、男は俺だけだぜ」
 「あ、今あたしの事女性って――」
 「――アンだよ、そこを嬉しがるな」
 正毅はへの字口。
 「まぁ、いいんじゃない? 正毅君。待ってても仕方がないでしょう。入んなさいよ」
 と、先に行った白鴨が部屋から顔を出すと、にこやかに手招きする。
 「だって」
 それを見て舞がからかう。
 悔しいかな、思いっきり舞を睨んで、正毅は玄関をあがった。
 ――玄関に置かれた芳香剤だろうか。先程からよい香りが正毅を包んでいる。
 ひとまず三人はダイニングで顔を見合わせる。
 「さて、どうしたものかしらね」
 白鴨がそう言って胸の前で手を合わす。「何か夏生さんの事が分かればいいんだけれど」
 「そうですネ。とりあえず部屋を調べてみますか」 
 舞がそう言うと
 「日記とか、あるんじゃないかな?」
 と、正毅も意見する。
 「エ〜、今時日記なんか書かないっしょ」
 「確かに剣野は書きそうでないな」
 「どういう意味!」
 そう言う意味だよ、と正毅はふくれる舞にやり返す。
 「問題はね――」
 白鴨が二人の話を全く無視して間合いで間に入る。「それぞれの部屋の鍵はないのよ」
 「えッ?」
 「あるのは玄関の鍵だけなの。基本的に締まってる所にはこれ以上入れない」
 「ど、どうするんですか」
 「そうねぇ、ほら、例えば――」
 と、白鴨が指さす先には
 「そこの留守電のメッセージを聞いてみるとか」
 オレンジ色のダイオードが明滅する留守番電話がある。
 舞が言われるままに留守電を見に行く。
 「実果さん、伝言5件入ってるみたいです」
 そう言いながら、彼女は伝言の再生ボタンを押す。
 「何が出るかな」
 白鴨は呟く。
 1件目、2件目は着信語すぐに切ってしまっているので空メッセージ。そして3件目――。
 『葉吹です。夏生、携帯繋がらないみたいなのでこっちに電話するよ。――夏生、今すぐ会いたいんだ。携帯まで連絡欲しい。待ってるよ‥‥!』
 次、4件目。
 『‥‥。夏生、今日19時、3号館の屋上で待ってる。この伝言、聞いてくれてるなら会って話がしたい。夏生とこれからの事考えたんだ。絶対来てくれ。待ってる』
 最後の5件目は無言で切れた。
 伝言を聞いた白鴨の表情は優れない。彼女は思わぬ衝撃を受けている。
 「葉吹君‥‥、どう言う事‥‥!」
 「実果さん? 知ってるんですか? この葉吹って――」
 「葉吹 聡。私のゼミの学生よ。夏生さんや時津君よりかは一つ上だけど‥‥」
 「これ、聞く限りじゃ夏生さんとその葉吹って人と、ただの友達って関係じゃないですよね」
 正毅は言う。
 「でも、夏生さんの相手は瀬良って言う教授じゃ――?」
 実果さん、そう言いましたよね? と、舞は白鴨に頼るような視線を送る。
 「いえ、私もそうは思ってたのだけれど‥‥、これじゃあ正毅君の意見の方が自然ね‥‥」
 白鴨はあっさり持論を撤回した。「まさか――、って感じだけれどあり得なくもない‥‥」
 「実果さん!」
 「あら、そんなに言わないで舞さん。花より団子。論より証拠よ」
 「‥‥」
 「ともかく、葉吹君に会ってみましょうか。留守電のメッセージは『今日』よ。先に大学に行ってる三人にも教えなきゃ」 
 そう、4件目のメッセージは今日の朝方に入っていた。
 「‥‥この伝言、夏生さんは聞いたんでしょうか?」
 正毅が素朴な疑問を口にする。
 「携帯持っているからね。両方にメッセージは入れると思うわ」
 「でも、夏生さんはどこでどうしてるんですか? 祥子もですよ。二人とも音信不通なんて‥‥!」
 「篠田‥‥」
 「剣野、お前封鬼委員会なんだろう! 何かこう二人をぱっと見つける方法とかないのかよ!」
 「それは――」
 そんな事ができれば苦労はしない。舞はそんな思いをぐっと飲み込む。
 「その葉吹って人に会ってみるしかないじゃない」
 「それで祥子が見つかるのかよ? 夏生さんと祥子と、何がどうなってるって言うんだ!」
 「正毅君」
 と、柔らかな白鴨の声。
 「祥子さんは見つかる。彼女がなそうとしていることは夏生さんと関係ある事よ」
 「‥‥」
 白鴨の言葉は静かにその場に流れる。「この葉吹君はね、ちょっと問題があるの‥‥」
 「何ですかそれ」
 正毅の問いに、白鴨は一呼吸置いて応える。
 「女ったらしなの」
 これまた息を飲む高校生二人。
 「女たらしって――」
 舞の大きな目が険しくなる。
 「まぁ、そのままの意味ね。夏生さんもどちらかと言えば派手――というか、行動力のある方だったけれど」
 だけど、全然気がつかなかった――と、白鴨は肩を竦める。
 そして、舞は思い出す。
 「‥‥『私がやらなきゃ』って‥‥」
 「そう、そのフレーズ」
 白鴨が指を立てた。その先を正毅が続ける。
 「‥‥葉吹って人に‥‥!」
 三人の視線と意見が合う。
 ――葉吹 聡に会おう。 



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Novel Editor by BS CGI Rental
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