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相違相愛 作者:上山環三

第8回   姉妹
 「ねぇ、山川君はどうして封鬼委員会に入ろうと思ったの?」
 一ノ瀬 綾香は――彼女だけはフルネームで書き始めた方がどこかしっくりくると思っているのは作者だけであろうか――大地に向かってそんな質問をぶつけてみた。
 二人は一年生であるの祥子の教室に向かっている途中。
 世間話は一切しないタイプの綾香ではあったが、委員会のメンバーに一度は聞いてみたかった質問なのである。
 突然の問い掛けに、やはり大地は真面目に応じる。
 「そうだなぁ、この拳と、やっぱり麗子さんに誘われたからかなぁ‥‥」
 東雲 麗子は封鬼委員会の前委員長である。
 「その拳って、破魔拳の事?」
 「あぁ、父さんの師匠の恩人って人から教えてもらったんだ。その人が言うには素質があったらしいけどな」
 大地の家は武闘家一家である。姉の紅葉は剣道、弟の空太は柔道をやっている。もちろん両親も凄腕。
 「そう。素質がね――」
 「ん? 何か引っかかるな」
 大地は笑いながらわざとに言葉を返す。「僕が言ったんじゃないぞ」
 「あ、ご免なさい。そう言うつもりじゃ――」
 直ぐに綾香は言う。もちろん大地は解っている。解っているが、いつも澄ました表情の綾香とたまに話すとついつい、絡んでしまうのである。
 ――雫のように。
 「麗子さんって前の委員長なんでしょう? 私は会った事ないけど」
 「あぁ、あの人に誘われなかったら僕はココにいなかったと思うよ」
 大地はその頃を思い出す。「――結構言う事厳しくってな。何回死にそうな目に遭わされたか!」
 それを聞いた綾香が少し吹き出す。
 ――あまりいい事は思い出さなかった(?)大地である。
 「まぁ、いいんじゃない? 今はその役目を神降さんがやっているって事かしら」
 「そう言う事、になるのかな」
 だから、それはそれでいいのである。「適材適所だと思うけど」
 「で、この組み合わせね」
 「何かご不満でも?」
 「いいえ」
 綾香は珍しく微笑んで応える。「いいんじゃないかしら」
 「一ノ瀬こそ、封鬼委員会に入るって聞いた時には正直驚いたよ」
 「私はただ――雫の事から逃げたくなかっただけよ」
 そう。自分の事からも――。
 「っそうだな。アイツも逃げなかった」
 雫こと、滝 雫は生きていれば大地や綾香と同じ順風高校の三年生。彼女も封鬼委員会のメンバーだったが、二年の時にとある事件が原因で亡くなった。
 しばらくの沈黙。人気のない廊下を行く二人の足音が耳に付く。
 綾香は「大道寺に会う」と言った真人の言葉を思い出していた。
 「みんな、何かの思いを抱いてココにいるのよ」
 大地は黙ったまま、麗しくもどこか冷めた綾香の横顔に目をやる。
 「後悔先に立たずって言うでしょ。だから立ってしまったものはどうにかして収めないとね」
 「そんなモンかな」
 綾香はそんなモンよ、と答える。
 ――程なく、二人は目的の教室に着く。祥子の席の位置は舞から聞いていたのですぐに特定できた。
 「さぁ、今度は何が『視える』のかしら」
 そう言うなり、綾香は机に左手をついて目を閉じる。
 準備も何もない。いきなりである。大地は事が済むまで綾香をただ見守るしかない。
 そして、綾香は残された記憶の断片を垣間見る。

                    *

 「お姉ちゃん、今度あの人はいつ来るの?」
 「何? 祥子。聡の事――?」
 たわいもないような姉妹の会話。
 「うん、宿題見てもらおうかなぁって‥‥」
 「そんなの私が見たげるわよ」
 「――お姉ちゃん、数学ダメじゃない」
 「そりゃそうだけど、何で聡なのよ」
 「それは――」
 祥子は一瞬言葉に詰まって応えた。 

                    *

 「やぁ、祥子ちゃん」
 目の前に現れた彼。――祥子の心臓が痛いほどに高鳴る。
 「さ、聡さん‥‥」
 「夏生は、まだ? 先に行っててって言われたんだけど」
 聡は夏生の部屋を覗く。
 「あの、お姉ちゃんはま、まだ――」
 「ふぅん、じゃ待たせてもらうよ」
 そう言って彼はリビングの座椅子に座り込む。置いてあったテレビのリモコンを見つけ、何気ない動作で電源を入れる。
 そんな様子を祥子はじっと見つめていた。 

                    *

 「え!? お姉ちゃん今なんて?」
 祥子は耳を疑った。
 「だからぁ、三ヶ月『来ていない』のよ」
 夏生は心底困り果てた様子でそう言う。「こんな事って初めてなのよ――」
 「‥‥」
 「もしかしてあの時の旅行かな――」
 ともぼやく夏生。
 三ヶ月前と言えば、ちょうどそれくらい前に姉と聡が京都に旅行へ行っていた事を思い出す祥子。
 サッと血の気が引くのが自分でも分かった。
 「お姉ちゃん、相手の人ってまさか――」
 「うん、聡だと思う」
 さすがにいつもの快活さは消え失せて、夏生は神妙に答えた。
 その様子が許せなかった。
 「‥‥何で‥‥」
 「え?」
 夏生は妹を見る。
 「何でそんなことっ――!」
 「何でって言われても――」
 しょうがないじゃない! と、夏生は困った表情を更に歪めて、顔を真っ赤にして怒る妹を見返した。
  
                    *

 その時。
 『ゲッ! 性懲リモナクマタ来タカ!』
 「一ノ瀬!」
 「大丈夫! これが神降さんの言っていた『悪魔』ね!」
 大地が身構える前に綾香は机から離れている。
 ――その机を中心に障気が渦巻く。そして
 『ゲッゲッ! オ前ラアレダ、封鬼委員会ダナ! 知ッテイルゾ。鬱陶シイ奴ラダ』
 嗄れた声が二人の耳に届く。『モウ遅イト言ッタハズダゾ!』
 黒く、濃くなった障気が声とともに羽の生えた小人の姿に実体化する。大きさは三、四十センチくらいしかないが、その姿は漫画やアニメに出てくるようなコミカルな悪魔をリアルにかつグロテスクにしたもの――。
 大地は綾香の前に出て、破魔の気を練る。しかし、相手は宙に浮いている上に、教室の中では格闘戦はまず無理である。
 「貴方、クーリングオフって知らないの?」
 そんな臨戦態勢の大地の後ろで、澄ました表情の綾香がそう口にする。
 『クーリングオフ? 何ダソレハ?』
 「『特定商取引に関する法律 第九条。申込者等は、販売業者又は役務提供事業者が訪問販売に係る売買契約又は役務提供契約の締結について勧誘をするに際し次の各号に掲げる行為をした事により、当該各号に定める誤認をし、それによって当該売買契約若しくは当該役務提供契約の申込み又はその承諾の意思表示をした時は、これを取り消す事ができる』」
 『ナ、何ガ言イイタイ!』
 「だから、クーリングオフって制度。一定期間であれば、無条件で申込みの撤回又は契約を解除できるのよ」
 ――知らないの? 勉強不足ねと綾香は悪魔をあざ笑う。
 『ガァッ! 巫山戯ルナ!! 我ガ契約ニソノ様ナモノナド関係ナイッ!』
 怒った悪魔はそう言うなり二人に向かって突っ込んでくる。
 「山川君。任せたわよ!」
 相手を起こらせるだけ起こらせて大地の背中を押す綾香。思わぬ展開に少々戸惑っていた彼は我に返る。
 「お、おう!」
 『ゲアァ――ッ!』
 カウンター狙いで悪魔を引き付ける大地。しかし――
 「うわッ!」
 彼に向かって飛んできたのは黒板消し! そして白チョーク! 赤チョーク! 黄チョーク!!
 「っと楽勝!」
 ミサイルのように飛んでくるそれらを大地は全て叩き落す。
 「山川君! 上っ!」
 綾香の疾呼。その声に大地が自分の真上を見る。
 ――椅子が目前に落ちてくる! 
 「っ!!」
 避けられない! 
 大地が思ったその時、いつの間にか彼の胸ポケットから飛び出た白い小さな陰が急行し
 「――!?」
 驚きつつも防御の構えを取る彼を尻目に、落ちてくる椅子を小さな体で下から受け止める。
 これは――
 「神降さんの式神!?」
 綾香が目を見張った。「凄い‥‥」
 人型をした白い紙切れが寸でのところで椅子を受け止めているのだ。それも十センチ位の大きさの紙が、である。二人ともその力に感嘆する。
 そして式神は椅子をゆっくりと下ろすと、その力をなくしたのか、床の上にはらりと落ちてしまった。
 サンキュ! 亜由美君!
 大地は再び悪魔のいた方へ向き直る――が、しかし、その気配は既に完全に消え去っていた。
 「‥‥もう居ないわ」
 綾香が周囲を見渡しながら言う。「完全に消えたみたいね」
 「‥‥逃げたのか」
 大地はふうっ――、と全身の緊張を解く。「にしてもコイツに助けられたよ」
 そう言いながら床から拾い上げた白い紙切れ。これがなければ椅子の直撃をまともに受けていただろう。
 「ちょっと、一息ついてる場合じゃないわ、山川君」
 綾香は厳しい表情で大地を見据えた。
 「あの子たち、とんでもない勘違いをしてるかも‥‥!」 




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Novel Editor by BS CGI Rental
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