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相違相愛 作者:上山環三

第7回   方針
 「ふ〜ん、それでみんなで飯かぁ」
 金曜日の放課後――。
 旧校舎の封鬼委員会の部屋。
 山川 大地は自分の席、つまり委員長席に着いて、亜由美の報告を聞いていた。
 半袖のカッターから出ている大地の腕は筋肉質で鍛えていることが一目で分かる。気さくな物言いからはちょっと想像できないかもしれないが、大地は封鬼委員会の中でも自身の体とその技で悪霊と格闘する猛者である。
 三年生と言う事もあり封鬼委員会の委員長を務めているが、これは年功序列の為であって――一ノ瀬 綾香も同じく三年だが、彼女は今年になってから委員会に加わっているので――実際今の封鬼委員会を仕切っているのは、時間的にも余裕のある亜由美であり、それでうまくいっているので特に問題はないと大地は思っている。
 そもそも、『委員長』とは絶対に呼ぶな、と最初っからメンバーには言ってある大地である。
 ――未だに慣れない。
 「山川先輩、何を羨ましがってんですか」
 と、呆れた真人が突っ込む。
 「だって奢りなんだろう」
 「ンな訳ないですよ。相手は大学生ですよ」
 小馬鹿にした口調。「みんな自分の分は自分で払いました!」
 「って何偉そうに言ってんの! アンタの分はあたしが出したんじゃないッ」
 舞が真人を睨む。「何で三〇〇円しか持ってないのヨ!」
 「わ、悪かったな。小遣い前なんだよ」
 「ちょっと――!」
 と、亜由美。いやはや彼女も苦労が絶えない。
 「で、その時津って人の話は?」
 大地が慌てて話を戻す。この辺の扱い方はうまくなったと思ったりする彼。「ウチの卒業生なのか?」
 「はい、それで――」
 と、亜由美は向き直って続ける。



 「藤峰 夏生と僕は同じ守戸大学の同じ研究室仲間だ」
 時津はブラックコーヒーに一口付けると正毅に視線を向ける。「――君が探している祥子さんの姉だよ」
 「時津さんはその夏生さんに会いに来たんですか?」
 真人が問う。
 「まぁね」
 と、短い時津の答え。表情は軟らかいがその視線は空を漂う。
 「あの、祥子の事何か聞いていませんか?」
 居たたまれなくなった正毅が時津に尋ねる。「俺たちは、アイツに会いに来たんです‥‥!」
 そう言って彼は時津を直視する。舞も同じ質問を繰り返して問う。そして、最後に亜由美も口を開く。
 「祥子さん、ここ何日か学校に来ていないんです。理由も分からないし、私たち心配で‥‥、何でもいいんです、彼女の事何か知りませんか‥‥?」
 「そうか、夏生の妹さんも‥‥」
 漂わせていた視線を三人に戻して、時津が意味深に呟く。
 「――『も』? 『も』ってどういう事ですか」
 それを舞は聞き逃さない。
 「夏生さんは、彼女も一週間ほど大学に来ていないの」
 代わりに応えたのは時津の隣に座っていたロングヘアーで眼鏡を掛けた女性だった。



 「何? その人連れがいたの?」
 それまで黙って聞いていた大地が思わず口を挟む。
 「‥‥いたら何か?」
 「い、いや、いいんだけど――」
 ――亜由美先輩、目が怖い!
 ――アレ、相当敷かれてるよ。
 舞と真人が視線で会話する。
 「その人はそこで時津さんを待っていたそうです。祥子さんの家には二人で来たって言っていました」
 「その人も守戸大学の?」
 「はい、でも学生じゃありません。時津さんの所属している研究室の助手だそうです」
 そう言って、亜由美は彼女の風貌を伝える。
 肩の下まである長髪には所々赤毛が混じっている。ブラウンの眼鏡を掛け、知的で穏やかな眼差しを向けられると、こちらの気持ちまで落ち着かされるようである。
 学徒であるからか化粧っ気はない。しかしその素肌は白過ぎることもなく、かと言って日に焼けているわけでもなく、健康そうな程よい肌色をしていた。
 「白鴨 実果って言ってましたよネ。綾香先輩も美人だけれど、その実果さんもなかなか美人でしたヨ」
 と、舞が得意そうに付け加える。なぜかその表情は嬉しげだ。



 白鴨は穏健な口調で言う。
 「夏生さんは妊娠しているようでした」
 『え!?』
 さすがに高校生四人の言葉が詰まる。
 「それが分かった時にはもう遅かったんだ。明るかった夏生があんなになるなんて‥‥」
 初めて見せる時津の暗い顔。「――何でいつもこうなるんだ」
 「時津君」
 「ん、あぁ――っと、ゴメン」
 「夏生さんの相手が誰なのか、私たちには大体の想像が付いています」
 白鴨はそう言って四人の顔を順番に見る。
 「それじゃ――」
 どうするんですか? と言う最後の言葉までが出てこない正毅。
 「相手の人に奥さんは?」
 と、真人が神妙な顔付きで尋ねる。「いるんですか? いないんですか?」
 「いないよ」
 時津は困った顔をする。「独身だ」
 「だったら――」
 「問題は、私たちの想像している夏生さんの相手というのが、担当教官であると言うことです」
 そう言い放った白鴨の言葉に時津が投げ遣りに付け加えた。
 「今年で四十六だっけ? 瀬良助教授」 



 「よんじゅうろく!?」
 と、一オクターブ高い大地の声が響き渡る。
 「‥‥はい」
 亜由美の返事もどことなく呆れ気味。
 「四十六かぁ、えっといくつ離れてるんだ?」
 「二十五です」
 真人が即答する。
 「いや、それにしても‥‥」
 ――問題だな、と大地は表情を無理やり引き締める。「それで、結局その祥子くんの話はどうなったんだ?」
 「そもそも祥子さんはお姉さんの住んでいるマンションに姉妹二人きりで住んでいました」
 「うん」
 「今は推測でしかありませんが、姉の夏生さんは妊娠の事を祥子さんに隠しているんだと思います。――時津さんの話では夏生さんは思い悩んでいたそうですから、その様子を見た祥子さんがお姉さんの相手に『何かの行動』を取ろうとしているんじゃないかと‥‥」
 「う〜ん‥‥」
 亜由美の推測に大地は顎をさする。「だからその相手がその教授じゃないかと言うわけだ」
 「あるいはお姉さんの妊娠を知った、と言う事も当然考えられますよね」
 真人が言う。一理ある意見である。
 「学生と担当教授の恋愛なんて――」
 否定するつもりが、しかしあり得ない話ではない、とも大地は思ってしまう。
 「祥子、本当にどうするつもりなのかナ」
 しばらく黙って聞いていた舞が口を開いた。「コレって、お姉さんの復讐をしようとしてるって事ですか」
 「‥‥」
 「瀬良って言う教授からお姉さんを守る為に‥‥!」
 まだその問いに対する答えは見えてこない。
 「その時津先輩達は夏生さんに会いに来てたんだろう? 先輩達は会ってどうするつもりだったんだ?」
 「それは白鴨さんと二人で、子供を産むように説得するつもりだったそうです」
 「産む、のか? ――そうだよな」
 「ともかく、二人の行方が分からなくなっているのは事実です」
 亜由美は続ける。「明日、もう一度舞と篠田くんの二人で祥子さんの家に行ってもらいます。それから、真人君と私は守戸大学で瀬良助教授に会ってみます」
 「大丈夫なのか?」
 「大学には時津さん、祥子さんの家には白鴨さんもいますから」
 「う〜ん」
 大地が天井を仰ぐ。「まぁ、それなら‥‥」
 「じゃあ、OKですね」
 大地の了解を得ると、亜由美は向き直る。「二人ともいいわね? とにかく祥子さんを早く見つける事!」
 「ハイ!」
 真人と舞の二人が声をそろえて返事する。
 家に戻ってくれてれば良いんだけど――。
 亜美はそう思う。と、そこへ
 「ちょっと待った。待ってくれよ」
 と、大地が流れを制する。「僕の出番は――?」
 ないのかい!? と尋ねる彼。
 「‥‥ありません」
 と、亜由美の冷ややかな声。「三年生にはちゃんと補習授業に出てもらいます」
 「‥‥マジ?」
 一瞬にして大地が固まる。明日から希望者対象の休日補習授業が始まる事は亜由美も知っているはずだが‥‥。
 「って、冗談ですよ」
 大地の様子を見て吹き出す亜由美。「先輩は綾香先輩と一緒にもう一度祥子さんの教室を霊視して下さい」
 そんな指示を出す亜由美。――完全に仕切られている。
 「分かった。一ノ瀬には――」
 「もう連絡しています。それと先輩これを」
 亜由美はそう言って人型に切り抜かれた真っ白な紙を大地に手渡す。
 「コレは――式神か!?」
 その形はさすがに大地でも知っているが、亜由美が持っているのは初めて見る。
 「う〜ん、まぁ、役に立つかどうかは分かりませんけど」
 少々はにかむ亜由美。これでも陰陽術師の家系である。
 「先輩! そんな事できるんですか?」
 と、真人が茶々を入れる。
 「スゴイです! 亜由美先輩っ」
 舞が尊敬の眼差しで亜由美を称える。
 「ありがとう。亜由美くん」
 最後に大地が真面目な顔をして言い、亜由美は照れる。
 ――後で渡せばよかった!
 と、思っても後の祭り。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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