職員室で祥子の家の住所を聞いた亜由美たちは祥子の自宅に向かう為、電車に乗り込んでいた。 亜由美は最初、小悪魔の一件もあり正毅の同行を拒んだが、懇願する彼の前にしぶしぶ折れた。一般生徒を巻き込むわけにはいかないものの、放っておけば正毅は一人でも祥子の家へと乗り込んでいきかねなかった事もある。 時刻はもう夕方と言うよりかは夜に近い。祥子の住んでいる郊外の町へと向かうこの電車にはそれ程乗客も多くなく、四人は相席でこれからの相談をしていた。 「――じゃあ、これからその藤峰って言う生徒の家に行くんですね」 途中道すがら、一部始終を聞かされた真人が口を開く。「で、今度の敵は悪魔ですかぁ」 嬉しそうな表情。両手は組まれて頭の後ろにある。これが委員会室であれば思わず机の上に足が出そうなくらいである。 「真人くん、あれは悪魔なんかじゃないわ」 小さなため息。「アレは悪魔の姿を借りてるだけのたいした力も持ってない低級霊よ。――言ってみれば真似事をしているだけね」 と亜由美は結んだ。 「でも『契約』がって‥‥」 「神降先輩、祥子はあの悪魔と何かの取引をしたって事ですか?」 舞と正毅の二人から尋ねられて、亜由美は困った表情を浮かべる。 だから悪魔なんかじゃないんだけどね――。 「この場合先輩が言っているように悪魔なんかじゃないとしても」 したり顔で真人が応える。結局悪魔であろうとなかろうと、こういう事件に関われている事自体が楽しい不謹慎な人間である。 「――しても何ヨ」 「『契約』は契約さ、剣野。相手が悪魔の真似事をしているのであれば尚更って事」 そうですよね、と真人が亜由美の顔を伺う。しかし、彼女は敢えてそれには応えずに言う。 「‥‥『私がやらなきゃ』っていうフレーズ、覚えてる?」 「はい。――あっ!」 頷いた正毅が声を上げる。「それと『契約』とが――!?」 「悪魔と契約を交わして‥‥、やることって言ったら、そうそう楽しげなモンじゃないよな」 「真人!」 舞が睨み付ける。 「そんな睨むなよ! 僕は本当の事を――うわっ!」 と言うのも、言ってはいけない事であって、真人の言葉は突き出された舞の赤い傘で強制停止。 「もう、二人とも止めなさい。見ているこっちが恥ずかしいわ」 いつもの遣り取りとは言え、呆れる亜由美は窓に視線を向ける。 ――電車のリズムに合わせて流れていく家々の明かりが目に入ってくる。 これからどうするか――。 考えはまとまっていない。時間も遅くなってきている中、頼れる情報も少ないままに祥子の家に向かっている事を、亜由美は少しばかり自省していた。 「先輩」 「ん」 真人の声に顔を向けると、三人がこちらを見ている。 「たまには突っ込んでみるのもいいと思いますけど」 「――そうね」 「ソレ、山川先輩の受け売りでしょ」 舞が突っ込んだ。 「あ、もう着くみたいだぜ、剣野」 流れてきたアナウンスを聞いて、正毅が顔を上げる。二駅の距離なのでのんびりしている時間はさ程無い。 「――『契約』には代償が必要よ」 亜由美は誰とも無しに言う。「何であれ祥子さんがやろうとしている事にあの低級霊が関係している事は間違いないわ。取り返しのつかない事になる前に、彼女を絶対に止めないと‥‥!」 その言葉に三人がしっかり頷いた。
祥子の住んでいるアパートは、亜由美たちが降りた駅から徒歩で十分くらいの場所にあった。 比較的新しめの綺麗な外観の建物の、二棟目の三階、三〇三号室が彼女が住んでいる部屋だ。 「ここだな」 玄関のドアの前に立ち、幾ばくか緊張した面持ちで正毅が言う。「‥‥祥子‥‥」 「さ、行きましょう」 正毅の顔を見て、亜由美が頷く。ゆっくりとチャイムを押す彼女――。 『ピンポーン』 籠もった定番のメロディー音がドアの向こうから聞こえてくる。 「‥‥」 しかし、ドアを隔てた向こう側からはチャイムの音以外物音一つしてこない。いや、そもそも人がいるような気配がないように思う。 『ピンポーン』 正毅がもう一度押す。今度は押す指にも力が入っている。 ――祥子! 返事をしろよ! そして、四人が聞き耳をすましていると不意に、 「誰もいないみたいだよ」 と、声をかけられる。 四人が通って来た廊下に一人の青年が立っていた。「君達、順風高校の生徒だね」 優しそうな笑みを浮かべて青年はそう言いいながら近付いてくる。 「――貴方は?」 「僕は時津 計太」 そう名乗る青年。「守戸大学の三年生で――っと、まぁそんな事は後でもいいよな」 「‥‥」 「ちょうど僕もこのウチに用事があって。留守みたいだから帰ろうと思ってたんだけど、君達が夏生の家に行くのが見えたんで」 ――ちょっとそこのファミレスで話を聞かせてもらえないかな? と、時津はまた人懐っこい笑顔を浮かべたのだった。
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