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相違相愛 作者:上山環三

第5回   妨害
 ――時間は少し前へと戻る。
 亜由美達三人は人気の無くなった教室に来ていた。もちろん、舞と正毅、そして祥子のいる教室である。
 「亜由美先輩、ココ」
 先を行く舞が一つの机の脇で立ち止まる。「祥子の席です」
 「ありがと」
 亜由美はそう言って舞の指す隣の席に座り、持っていた本を机の上に置く。
 二人を見て正毅も近くの席に着いた。
 その本、『残留思念とその再生法』を開く亜由美。割りと最初のページにそれは書かれていた。上から覗き込んだ舞が
 「綾香先輩がいてくれたら良かったですネ」
 と言う。
 「仕方ないでしょう。三年生はみんなお勉強」
 「そうですよネ」
 亜由美の口調に若干の棘がある事に舞は気付かない。
 「さ、私たちが頑張らなきゃどうするの」
 亜由美は笑顔で言ったが、内心では舞に同感であった。
 一ノ瀬 綾香には霊が見えると言う。いや、もちろん亜由美や舞もある程度の霊体を認識する事はできる。ただ、綾香の場合はグラムサイトとも呼ばれる能力に近いものを持っていて、霊体だけではなく、例えば特定のポイントに残る怨念や霊障、そして残留思念までもを視ることができるのである。
 つまりこの場合、亜由美たちは藤峰 祥子の席から彼女の残留思念――記憶を読み取り、事件の解決に繋げようという訳である。
 「えっと、思念を再生するには――」
 亜由美は眉間にシワを寄せる。「水晶は無いし、水鏡もないわね‥‥」
 「亜由美先輩、当たり前ですヨ。ここ教室ですから」
 ま、舞の突っ込みは無視する事にして
 「――篠田君、貴方の携帯電話を貸してくれないかしら」
 「え? 携帯ですか」
 「えぇ」
 亜由美から真っ直ぐに自分に向けられて差し出された手。正毅はその手に携帯を託す。
 「ありがとう」
 亜由美は託された携帯を祥子の机の端に置いて
 「舞、チョーク持って来て」
 と、今度は舞に頼む。
 「ハイ」
 舞は黒板のチョーク受けにあった長めの白いチョークを一本手に取ると亜由美へと渡す。「コレでいいですか」
 「ありがと」
 そして、亜由美は徐に祥子の机の上にチョークで円陣を描き始める。それが辞典に記されている魔法陣であることは、見ている正毅にも分かった。しかし、そんな簡単に行くものなのか、彼には判別はつかない。
 「よし、と」
 普段魔方陣なんか描かない割にはうまく描けたと、亜由美は辞典と見比べて間違いが無いかを確認しながら思う。
 そして、その円陣の真ん中に正毅の携帯をそっと置く。
 水晶や水鏡と言った触媒の代わりに携帯電話を利用するのである。そう、少々狭いが、携帯電話の 液晶ディスプレイであれば映像を再生できるはずである。
 呼吸を整え、目を閉じる。
 「‥‥イーテム・サハ・ヒルデストロン」
 そして、それは唐突に始まった。携帯の上に両手の掌をかざし、目を閉じたままで亜由美は呪文を詠唱する。
 「メタ・スハルマ・ビン・ヒルデステン」
 見守る二人の視線が亜由美と机の上を行き来する。
 「デラッサ・ルクセルマ・イーテ――!」
 その時、明らかに異質な空気が祥子の机の周り――いや、机の上にある正毅の携帯電話に凝縮され
 「先輩! コレはッ」
 そう言うが早いが舞が傘を掴む。「篠田、下がって!!」
 『ゲッゲッゲ‥‥』
 と、その不快な声は携帯電話から聞こえる。
 思わぬ事態に詠唱を中断した亜由美が慌てて護符を取り出した。
 傘を握りしめた舞の表情も真剣そのもの。
 携帯電話にみるみる邪気が集まる。――亜由美が術を失敗したのではない。
 『何ダ、オ前――。オレノ邪魔ヲスルノカ』
 2.4インチの液晶ディスプレイに小さな影が映る。それは声と共に濃くなり――
 『デモ、モウ遅イ』
 小さな人影のような姿を現し始める。しかもその影はディスプレイから飛び出し、三人の目の前で立体的な影となりつつあった。
 「もう遅いってどういう事――!?」
 結界の札を構えたまま亜由美が言葉を返す。険しい表情のまま、彼女は影を睨み付ける。
 『ゲッゲ。ソノマンマノ意味ダ。ケ、契約ハ為サレタ』
 「祥子をどうする気!」
 勇んだ舞が傘の切っ先を突き立てる。
 『ドウスル?』
 影が小刻みに震える。――笑っているのだ。それは小さな悪魔の形を取る。『ドウスルモ何モ、オレハ交ワシタ契約ヲ実行スルダケ』
 「答えなさい。その契約とは!?」 
 『答エル義務ハナイ。オ前タチ邪魔立テスルナヨ』
 ゲッゲッ、と牽制する小悪魔。『邪魔ヲシテモ我ガ主ノ望ミガ叶ワヌダ――』
 ――ブンッ!!
 言葉の途中で小悪魔の影が深紅の影に振り払われる。
 「舞!」
 思わず亜由美が声を上げる。舞の傘が亜由美の目前――小悪魔のいた空間を薙ぎ払ったのだ。と、同時に邪気が掻き消えるように薄くなっていく。
 『ゲッゲッゲ‥‥。望ミ叶ズバドウナルカナ‥‥。‥‥』
 そう言い残して、声はフェードアウトした。
 「――悪魔が望みを語るナッ!」
 舞が声に向かって大喝する。その表情も怒りに満ちている。
 しかし、それに対する反応はもう返ってこない。それどころか先程までの禍々しい空気も完全に消え去ってしまっている。
 そして、一呼吸置いた舞が亜由美に向かって言い通す。
 「亜由美先輩! これでハッキリしましたヨね! 祥子は事件に巻き込まれたんです。コレはアタシ達の仕事ですヨ!」
 「舞――」
 確かに悪魔絡みと来ては呑気に構えてもいられなくなった。舞の言う通り、ここからどうするかは封鬼委員会の領分と言ってよいだろう。
 目の前で起きた怪奇現象と舞の喧騒にさすがに正毅の顔は青く、言葉を失っている。
 「‥‥そうね」
 と、頷いて机の上の携帯を正毅に返す。「まずは何よりも、祥子さんの居場所を突き止めないといけないわ」
 先生に彼女の家の住所を聞きましょう、と亜由美は立ち上がった。
 そこへ――
 「居た居たァ」
 と、陽気な声を上げながら真人が教室と入って来たが、
 「あ、レレ‥‥、何か、気まずい、雰囲気です、ネ‥‥」
 流れを全く無視した登場に、三人の痛烈な視線が彼に向けられたのは言うまでもなかった‥‥。




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Novel Editor by BS CGI Rental
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