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相違相愛 作者:上山環三

第4回   余談
 一ノ瀬 綾香はしばらくぶりにその部屋に足を踏み入れた。
 彼女はたった今、数学の補修授業を終えて来たばかりである。とは言ってもまだ大半のクラスメイトが教室で出された問題と格闘している。
 先生から最後の問題を解けた生徒から帰っても良いというお達しが出て、綾香は四番目に教室を出たのであった。
 ――今日の問題、ちょっと難しかったわね、と綾香。そう思ったのは久しぶりだ。
 さて、そんな訳で(?)ちょっとした時間ができた彼女が中へ入った部屋の中には、誰もいなかった。
 誰かいるだろうと思っていたのでまた少々面食らう。
 ――そこは、亜由美たちが出て行った封鬼委員会の部屋であった。三年生の綾香もまた、委員会の一人なのである。
 切れ長の目に整った顔立ち。ルックス的には誰がどう見たって美人と言って間違いない綾香だったが、感情をあまり表に出さないことや、周りを寄せ付けない言動もあって中々に難しいタイプの人間である。
 美貌では学校一、二を争うと言われている――あくまで他人から言われているだけで、綾香としては全く意に介していない――だけに一部では熱狂的なファンもいるらしく、寄ってくる馬鹿な男子生徒も未だに後を絶たない。
 そんな綾香も、今年の春、とある事件をきっかけに封鬼委員会のメンバーに加わった。
 折角来てあげたんだけど――。
 と、綾香は誰もいない部屋で思案する。ちょうど亜由美達と入れ違いになっているのだが、彼女はそんなことを知る由も無い。
 まぁ、慌てる事は無い。
 綾香は部屋の壁にあるホワイトボードに目を向ける。
 それは連絡用にと、夏休み明けから置き始めたが、思った以上に活躍している。
 一応、みなそれぞれに携帯電話は持っているのだが、あまり携帯では遣り取りしないのが、ココの特徴とも言える。
 『舞と調査に出ます』
 伝達事項の枠へマグネットでメモが挟まれている。日付は今日。時間は綾香が来る少し前で行き先は舞の教室。そして『D』というアルファベットが書き添えられていた。
 ――大した事はなさそうね。
 『D』と言うのは事件のランクの事で、いわゆる霊的な要素が少ないか、無いと言う意味である。
 舞の教室と言うのが引っかかるが、自分の出る幕でもなさそうな上に、待っていても仕方がないと、綾香は早々と結論を出し、踵を返す。
 元来た足取りを正確に戻って、出入り口の戸を開け様とした時だった。
 綾香が手を伸ばすより先に戸が勢いよく開いて
 「お疲れーって、わぁ!」
 入ってきた多田羅 真人が綾香にぶつかりそうになる。「い、市ノ瀬先輩! 危なっ!」
真人が目を丸くする。
 「相変わらず落ち着かないわね」
 仰け反る真人とは対照的に冷ややかに綾香は言い放つ。
 真人はオカルト好きが高じて、この封鬼委員会に入った経緯がある。今でも知人友人を集めては妖怪スポットツアーとか、心霊写真コンテストとかをやっているらしい。
 綾香の苦手なタイプであった。
 最初は真人とは口を聞く気も無かった彼女だったが、実際の彼の行動を見ていると単なる馬鹿――いや、物好きでも無さそうであるのには驚かされる。
 助けられる事もあったりしてと、今では普段の巫山戯た振る舞いも何か理由があっての事と、『なるべく』思うようにしている――。 
 「へへ。先輩、出入り口で立ち止まっちゃ駄目ですよ。ココは緊急時はみんな飛び込んでくるんですから」
 「で、何の緊急時なの?」
 「――アレぇ、みんないないんですか?」
 綾香の背後を覗き込んで、拍子抜けた声を上げる真人。「どこ行ったんですか?」
 「舞の教室らしいわね」
 綾香はメモを指差した。「行ってみたら」
 「あ、一ノ瀬先輩は行かないんですか? もう帰るんだったらちょっと待って下さいヨ」
出て行こうとする綾香を真人は呼び止める。
 何――? と、訝しがる綾香。
 「今度、大道寺の三姉妹に会えるんですけど――」
 真人は驚くべき事をさらりと言った。
 「え?」
 さすがに驚いた。耳を疑う。
 しれっとした表情の真人。「一ノ瀬先輩にだけの極秘情報です」
 「貴方――」
 一体何をやっているの、という言葉を綾香は飲み込む。
 「あ、その顔乗ってきましたよね」
 本当に油断も隙も無い。
 「会ってどうするの。それにこの事は――」
 「一ノ瀬先輩だけの秘密って言いましたよね。聞いちゃったからには、秘密にしておいて下さいよ」
 それに向こうは三人なんだから、こっちも一人じゃつらいんです、と真人はうそぶいた。
 「考えておくわ」
 綾香は切れ長の目を更に細める。「それだけ?」
 「はい」
 真人は満足そうである。「返事はいつでもいいです」
 全くどこまで本気なのやら――、いや、綾香は真人の真意までもは分からないが、彼の行動の裏には必ず何か理由がある事に気付き始めている。
 「また返事するわ。――お疲れ様」
 「ハイ、お疲れ様でした一ノ瀬先輩」
 ――綾香を見送って、部屋に一人残った真人は、ホワイトボードのメモを手に取る。
 「舞の教室? 何やってんだ?」
 もう随分と経つ。真人は時計を眺めて軽く息をつく。
 ――まぁ、行ってみるしかないか。
 そう決めると、彼は部屋を飛び出した。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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