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相違相愛 作者:上山環三

第3回   相談
 「で、それがこのメールなの?」
 神降 亜由美は正毅から受け取った携帯電話を見て眉をひそめた。
 舞よりも小柄だが、亜由美は順風高校の二年生。
 黒く艶やかなロングヘアーが、落ち着いた雰囲気を醸し出しているようにも見える。童顔とまでは言わないものの、綺麗と言うよりかはどちらかと言えば可愛いらしい顔立ちをしているだろうか。
 さて――、ここは旧校舎の一室。
 綺麗に整理整頓され、古めかしいながらもこざっぱりとした部屋である。
 この順風高校には封鬼委員会という組織がある。「封鬼」――つまりこの順風高校に巣食う悪鬼、怨霊の類から生徒を守る為に組織された「鬼を封じる」委員会である。
 その歴史はかなり古く、学校設立の当初よりその前身となる活動はあったらしい。風紀委員会が表とすれば、封鬼委員会は裏。生徒達の間では『裏風紀』とも呼ばれるその委員会は確かに存在していた。
 そして亜由美と舞は、歴とした、封鬼委員会の一員なのだ。
 亜由美は神降流と言う陰陽術の使い手。順風高校の二年生。そして後輩の舞は刀精、つまり刀――と言うよりかは細身の洋剣らしい――の化身である。もっとも、彼女の本当の姿を委員会のメンバーはまだ誰も見た事はなかったが。
 ――いつもの時間であれば舞と同じ学年のもう一人のメンバーである、多田羅 真人が来ているはずだったが、まだその姿は見えないのでここでの紹介は省かせて頂くとして。
 舞は亜由美に頼まれて取りに行った書籍と不可解なメールに困惑する正毅を連れて、戻って来たのである。
 「何かこのメールに思い当たるような事ってある?」
 「いえ‥‥」
 亜由美の質問に、正毅は表情を曇らせる。
 「亜由美先輩、どう思いますか?」
 と、舞がその横から神妙な面持ちで訊ねた。
 「そうねぇ‥‥」
 亜由美は二人の顔を交互に見て、再び携帯電話に視線を向けた。

 『マサへ
  さいきんごめんね
  たえられない事って
  すべて忘れたいよね
  けど私がやらなきゃ
  て遅れになる前に』

 携帯の小さな液晶画面にはたったこれだけの文章。
 藤峰 祥子から篠田 正毅へのメールである。
 亜由美は正毅と舞から最近の祥子の様子を聞かされ、そのメールを見せらたところ。
 「今日の祥子さんの様子は?」
 「祥子の奴、ここ三日間くらい学校を休んでるんで‥‥」
 正毅の言葉に舞も頷く。
 「そう‥‥」
 「その、最近アイツはずっと考え事をしているようで。それも何だか深刻そうな‥‥」
 「――そう」
 もう一度読んでみても文面は不自然だが、書いている以上のことは分からない。
 「これだけじゃ何とも言えないけれど――」
 亜由美はそう言うとパタンと携帯の画面を閉じて正毅に返す。「とりあえず祥子さんとは連絡つかないの?」
 「ハイ。さっきから何度もかけてみてるんですケド、留守電になっちゃって。でも、亜由美先輩、コレほっとけないですよ」
 目を大きくして舞が訴える。「祥子、確かに最近様子が変だった。何かもの凄く考え込んでる時があったりして‥‥」
 「舞は? 何にも感じなかったの?」
 「は、ハイ、亜由美先輩」
 「じゃあ、そっちの線はナシなのね」
 亜由美は腕を組む。『そっちの線』とは、霊がらみか? という事である。「そのメールが何かを訴えているのは確かだけど」
 そこで彼女は思案する。――少なくとも『封鬼の仕事』でなければ、それにこした事は無い。
 「ネ、篠田、もっかい見せて」
 そう舞に言われて、おう、と正毅が携帯を差し出す。
 「よし」
 亜由美は小さく頷いた。「今から――」
 「センパイ!!」
 亜由美の言葉を遮って舞が上ずった声を上げた。「コレ――!」
 「どうしたの、舞」
 「このメール、『マサ、タスケテ』って書いてありますヨ!」
 「嘘だろ!」
 正毅が舞の手にある自分の携帯を慌てて取り返す。「どこに!」
 そんな事は書いていなかったはず――。
 「――頭文字ね」
 一瞬、頭の中でメールの文面を思い起こした亜由美。「確かに、書いてあるわ」
 彼女の表情が変わる。
 「え? 頭文字!?」
 困惑する正毅が、メール本文のそれぞれの行頭を読んでいくと――。
 「ま、さ、た、す、け、て。‥‥マサ、助けて――!」
 「篠田!」
 「剣野、これってど、どう言う――!?」
 ドウもコウも無いと、舞は正毅に詰め寄る。「早く助けに行かなきゃ!」
 舞はそう宣言すると、傍に立てかけてあった傘を手に取ると今にも部室を飛び出そうとする勢い。
 しかし、直ぐに亜由美の静かな声に諌められる。
 「舞。助けるってどこへ行くつもり」
 「ソレは――」
 「もう」
 予想通りの答えに溜息も出る。「ちょっとは考えて行動しなさい! ホンットにせっかちと言うか何と言うか‥‥」
 これまでも猪突猛進で失敗したことは数知れない後輩に苦言を呈せずにはいられない。
 「す、すみませン‥‥」
 「あの、祥子はどうすれば――。俺、アイツの家がどこにあるのか知らないし‥‥!」
打って変わってしょぼくれる舞に代わって、正毅が口を開く。「こんなメール送ってくるなんて祥子のヤツどうかしてますよ!」
 「そうね。素直に助けて欲しければそう書けばいい事だし、でもやっぱりこの文章だと、無理やり繋げてる感じからして、アナグラムを込めたことには間違いないでしょうね」
 問題は――、と亜由美は続ける。「無理やり繋げたって事は、きちんと考えてるって事。そう早まった事はしないと思うわ。それと断片的だけれど、祥子さんの状況をこのメールが伝えてる事には違いないわね」
 「この、『けど私がやらなきゃ て遅れになる前に』って、所ですか」
 「そう。祥子さんは『何か』をしようとしている。それは最近彼女の様子から考えても、何か大変な事なんだと思う」
 「‥‥」
 「それに、『私がやらなきゃ』っていう所も気になるわね」
 「そう、ですね――」
 正毅が唇を噛む。祥子は一体何をやろうとしているのだろう。
 「アノ、亜由美先輩。何がそんなに気になるンですか」
 「『私がやらなきゃ』って、どういう意味?」
 「エ、それはその通り――」
 舞が詰まって、変わりに正毅が口を開いた。
 「祥子が『誰かの代わり』にやるって事ですか?」
 「そう、とも考えられる‥‥。可能性の問題だけど」
 亜由美は続ける。「このメール、私は単純に捉えていいと思うの。祥子さんは誰かの代わり――いえ、誰かの為に何か思い詰めた行動を取ろうとしている」
 「『助けて』っていうのは――?」
 「舞、もうここで話してても埒が明かないわ。貴方達の教室へ行きましょう」
 立ち上がる亜由美の表情は為すべき事が決まった時のそれ。「図書館にあったでしょ?」
 「エ?」
 「頼んでた本」
 亜由美は舞の持ってきた二冊の本の片方を指差した。「それが無いと始まらないわよ」
 「あっ、コレ――」
 舞は自分が取ってきた本のタイトルを思い出す。
 「うまく行けば、全部分かるわ」



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Novel Editor by BS CGI Rental
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