「教授」 「何だね? 白鴨君」 瀬良は墓前に手を合わせたまま、顔を上げた。 「もうよろしいのでは――?」 白鴨は複雑な心中を言葉にして――いつも良い言葉は見つからないが――瀬良にぶつける。 無言のままの瀬良に、白川は以前から思っていたことを続けてしまう。 「鮎奈さんが亡くなったのは教授の所為ではありません」 「‥‥」 瀬良は白鴨から視線を外し、黙って立ち上がる。 「鮎奈さんに似ていたからですか?」 瀬良はもう一度手を合わすと、ゆっくりと振り返った。 「夏生さんと鮎奈さん、私にもそれ位分かりました」 「――そう思うかね?」 「はい‥‥」 「なら、そう思いたまえ」 「教授‥‥!」 「君らしくないな」 瀬良はそう言って歩き出し、白鴨も後に続く。 墓石と墓石の間をトンボが行き来する。 「‥‥そう言えば、銀杏の花言葉は鎮魂だったかな‥‥」 「茶化さないでください。私は――」 「私の事は良いのだよ」 向こうからやってきた老婆を避け、瀬良は道の脇に寄った。そのまま立ち止まり、彼は空を仰ぐ。 澄み切った青い空に鰯雲がかかって秋の情景を見せている。 「別に悔いている訳じゃあないし、嘆いている訳でもない」 白鴨は納得のいかない表情で、日に焼けた瀬良の横顔を見つめた。 彼女にはそんな複雑な心情は未だよく分からないのだ。 「ただ、私は忘れてはいけないのだよ」 「‥‥」 「忘れてしまいたくはないのだよ」 そう言うものなのだろうか。 白鴨にはやはり解らない。 「歳を取れば君にも解るよ」 そう言って、――君は僕より年上だったな、と瀬良は白鴨に微笑んで、再び歩き出した。
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