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相違相愛 作者:上山環三

第14回   契約
 背後から突然のもの凄い絶叫に、その場にいたものが皆凍り付く。
 振り返ったその視線の先には、涙に頬を濡らした藤峰 祥子が、放心状態で立ちつくしていた。
 「祥子!」
 場にいた人間の中で一番後方、つまり祥子に一番近かった正毅が慌てて彼女に駆け寄る。
 「祥子! 大丈夫か!」
 「‥‥い、嫌ぁ‥‥」
 祥子は正毅の声には応えず、一人身震いするかのように戦慄いている。
 正毅は今にも倒れそうな祥子を躊躇無く抱きしめる。
 「しっかりしろよ! 祥子!」
 「――っ‥‥!」
 抱きしめられ、一瞬、拒絶を表す彼女。しかし、正毅も怯まない。
 「俺だよ、正毅だよ――、祥子!」
 「‥‥マサ‥‥」
 虚ろな表情は変わらないが、やがて祥子は正毅の言葉にか細い反応を示す。
 「祥子!」
 そこへ舞もやって来て
 「心配したんだから!」
 と、祥子の強く手を握る。
 「舞‥‥、わ、私‥‥」
 「もういい、祥子!」
 正毅は更に抱き締める力を強める。「お前は悪くない」
 「‥‥、‥‥」
 祥子はそれを聞いて目を閉じる。しばらく正毅に身を委ねた後、彼女は、
 「マサ、ごめん――、ちょっと苦しい‥‥」
 と、弱々しく顔を上げた。
 「あ、ごめ――」
 漸く祥子を抱き締めていた事に気が付いて、正毅は自分の行動に驚きつつ、慌てて彼女から離れた。
 涼しい、秋の夜風が屋上を吹き抜ける――。
 「祥子――、どうして‥‥」
 妹がこの場に現れた理由が夏生には解せない。不可解な表情のままの姉に
 「お姉ちゃん‥‥ゴメンね。――大丈夫?」
 と、恐る恐る尋ねる祥子。だが、素直にそう聞けた事が彼女には嬉しい。
 「うん、まぁ、多分。って何で祥子が謝んのよ」
 夏生は自分の下腹部に手を当て、笑う。
 そんなマイペースな姉がどこかで羨ましかったのだろうか――。
 そして、姉妹から少し離れて、時津に押さえられたままの葉吹が無言で通り過ぎていく‥‥。
 扉の奥に消えるその背中に、夏生は寂しそうな視線を送った。
 「――とりあえず、一件落着ですネ、先輩」
 と、舞が努めて明るい声を出す。「祥子も夏生さんもみんな無事ってコトで!」
 だが――、話はそんなに簡単には終わらない訳で。
 まだ、最後のお仕事が彼女達には残っている。
 「舞、忘れちゃ駄目よ」
 亜由美はそう言って祥子の背後――、月明かりを拒み続けている深淵の影に目を凝らす。
 そして――
 『‥‥契約ハ守ッテモラウ‥‥』
 陰気な濁声。それは祥子の影から聞こえる。
 「そうでした亜由美先輩」
 舞は表情を引き締め、戦闘態勢を取る。
 『必ズ――』
 祥子の体がビクっと震えた。
 「祥子?」
 異変に気づいた正毅が彼女に近づく。しかし
 「マサ、来ないで!」
 と、祥子は両手を突き出し、正毅を遠ざける。「お姉ちゃんも直ぐに私から離れてっ!!」 
 「ど、どうしたの祥子!」
 「いいから! 早く」
 自分の身を掻き抱く祥子。影が障気を纏って、浮き上がる気泡のように空中で実体化する。
 ――そう。契約とはそう言うもの。
 祥子は思い出す。あの時交わした言葉を。
 『ゲッゲッゲ。旨ソウナソノ腹ノ命、オ前ハ俺様ニ渡スト言ッタハズ』
 やめて――!
 祥子は耳を塞ぎ、その場にうずくまる。
 一端交わしたら、それは履行されるまで永遠に訴求される。
 『アノ男ハ誰ニモ渡サヌノデハナカッタノカ――!』
 「こ、この低級霊がっ! それ以上喋れないようにしてやるからッ!」
 影からの言葉を遮って舞が赤い傘をズン! と、突き立てる。が、闇夜に実体化した影は細かな屑のように散り散りになって彼女の攻撃を無効化する。
 『コノ女カラ十分ニ「力」ヲ貰ッタカラナ。ソンナ攻撃ハ効カヌワ――』
 「それはコレを喰らってから言ってヨ!」
 ――センス・オブ・ソード! と、舞は傘の表面を気を込めた掌で撫でる。
 その途端、彼女の傘は破魔の気を生じ、斬魔滅殺の刀剣と化す!
 『ゲッゲッ馬鹿ガ。ソンナ軟弱ナモノガ俺様ニ当タルカ!』
 確かに空中を素早く移動する悪魔に対して、大地と同じく近距離格闘タイプの舞では不利であるかと思われたが――
 「ぃヤっ!」
 そんな悪魔の言葉を全く無視した舞が、気合いと共に剣を振り上げる。
 スン! と、風が切れる音――!
 『ゲァッ!』
 破魔の剣風が油断した悪魔に襲いかかり、その体を切り裂いた。
 「我が式よ。連なりて幻魔を捕らえよ」
 次いで亜由美が印を結び、数体の式神を巻く。
 『ガァッ! 貴様ラ許スマジ! 契約ヲ成サヌバソイツノ命ヲ貰ウマデ!』
 憤怒した悪魔がその身に闇を集める。しかし、亜由美の放った式神が悪魔を取り囲みその動きを強引に押さえ込む。
 『コンナモノォ――ッ!』
 「舞! 今よっ!」
 亜由美が甲走る。と、同時に舞が勢いよく踏み込み、空中の悪魔目がけて跳躍する。
 「てぃやぁぁっ!」
 『ウヌガァ――ッ!!』
 吠える悪魔を渾身の力で真っ正面から斬り付ける舞。
 『ゲァァァアァ――ッ!』
 真っ二つになった漆黒の影がガス化し、弾け飛ぶ。
 やがて、立ち込めていた闇が薄まり、再び月明かりが屋上を柔らかい光で照らしていく。
 「お、終わったのか――?」
 正毅が慎重に周囲を見渡す。彼は直ぐにその場にへたり込んだまま、動けなくなっていた祥子に近付こうとする。
 しかし。
 『グァアァァッ!』
 「きゃぁぁっ!」
 突然祥子の体が空中に跳ね上がって移動を始める。
 「しまっ――」
 亜由美と舞が振り返る。
 「祥子!」
 名を呼びながら正毅が追う。
 『ゴッ、ゴノママ落チデシマエ――ッ!』
 と、祥子の影から再び現れた悪魔。
 満身創痍の身で最後の念動力を使って彼女を持ち上げた悪魔は、フェンス際まで彼女を一気に運んでしまう。『死ンデ契約ヲ成セ!』
 「嫌ぁ!」
 走り寄る正毅に向かって精一杯届かぬ手を伸ばす祥子。
 しかし、その手が結ばれる時はない。
 『ゲッ』
 その場にいる者全員を嘲るように、短く笑った悪魔は祥子を捕らえたまま簡単にフェンスを越え――
 「祥子ぉ!」
 引力に導かれるまま闇に消え去った。
 フェンスにぶち当たった正毅の手が空しく宙をつかむ。
 「――!!」
 その身を乗り出して再度! 
 「祥子ォ――ッ!!」
 正毅が声の限り絶叫する。
 そして、正毅の目の前で強風が風巻いた。 


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Novel Editor by BS CGI Rental
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