「夏生!」 葉吹 聡はその姿を目にして、歓声を上げる。「良かった! もう駄目かと思ったよ!」 時刻は十九時過ぎ。 ほぼ真円に近い状態の月。雲は少なく、守戸大学3号館の屋上もまだうっすらと明るいがそれに加えて月明かりの照明が舞台を整えていた。 「‥‥聡‥‥」 藤峰 夏生は普段の比較的アクティブでオープンな装いからは想像もできないような黒を基調としたシックなスタイル。 それは淡い夕闇の中でぼんやりとした存在感を放っていた。 「体、大丈夫かい?」 「えぇ、心配してくれているの?」 夏生は言う。迷った視線が視線が葉吹を捉える。「聡――、私‥‥」 「あぁ」 葉吹はそれを受け止めてしっかりと頷く。「あれからちゃんと考えたんだ。二人の事‥‥!」 そう言って、彼は夏生を迎え入れる姿勢を見せる。 「私、いいの?」 しかし、夏生は恐る恐るそう問い掛け、すぐには葉吹の元へ行こうとはしない。 「もう、二人じゃなくて三人よ‥‥」 思えば、妊娠を告げた時の葉吹の言動はそれは酷いものだった。彼は夏生を罵り、下げすさみ、一人勝手に戦慄したのだ。 そして、葉吹は取り付く島も無いどころか、手を伸ばす夏生を頭から水の中へ押し込むかのように、彼女に子供を堕ろすように迫った。 ――このままでは何をされるか分からない。 そう感じた夏生は着の身着のままで瀬良の元へ逃げ込んだのだ。故郷の父親と雰囲気が似通った瀬良に、夏生はいろいろと相談事をしていたのである。 一見、その言動から都会的なドライで突き抜けたモノの考え方をするように思われがちな夏生だったが、意外に(失礼!)彼女は古風な考えの持ち主であった。 「――そうだったね」 と、葉吹はすかさず微笑む。今までに何人という女性を虜にしてきた笑みをここぞとばかりに浮かべた。 「夏生と、夏生のお腹にいる僕たちの子供と、絶対幸せにする。約束するよ」 葉吹はボディランゲージも目一杯に使って、夏生に改心をアピールする。 子供ができたと聞いた時には、正直目の前が真っ暗になり、 ハンマーで脳天を直撃されたかのような! 衝撃を受けた。 ――とんでもない話だと思った。 しかし、今、葉吹は必死で夏生に訴えている。 「酷い事言ってごめん‥‥!」 「‥‥」 夏生の顔に現れた微妙な表情の変化を見て、葉吹はもう一押しだと感じる。 「僕の為にもお腹の子供を産んで欲しい」 「‥‥」 「夏生!」 「――嬉しい」 そう夏生がポロリと口にする。「ありがとう、聡‥‥!」 そして、漸く彼女は葉吹の広げた腕の中へ、自らその身を投じる。 「聡――!」 「夏生!」 熱く抱き合う二人。霞んだシルエットが一つになって――。 そして、それをじっと見つめる人影があった。
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