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相違相愛 作者:上山環三

第11回   想い
 これ以上――、姉さんの好きにはさせない。
 藤峰 祥子は悲壮な決意で、その場へ向かっていた。
 人間のマイナス思考というモノは時にとてつもないエネルギーを生み出す。負のエネルギーは全てのしがらみを引き千切って、彼女を、その背を否応なしに押し出している。
 善も悪もない。
 祥子はただ欲するままに行動していた。
 いつしかそれが彼女にとって当たり前になり、その他の事はどうでも良い事である。
 ブレーキもない。ただただその想いのままに突き進めと、心が渇望しているのだ。
 夕闇が、祥子の身の回りでその濃さを増す。マーブル模様の陰気がゆらゆらと靄のように妖しく彼女の身を包んでいる。
 聡さん――。
 その名を、その姿を想う度、祥子の胸はチリチリと赤黒い刹那の炎で焼かれるのだ。
 切なくて、堪えられなくて、もうどうしようもなくなって、祥子は目の前のほんの微かな甘い禁忌の囁きに耳を傾けてしまった‥‥。
 そうして彼女は自分自身から抜け出せなくなった。
 そっと、気配を消して、祥子は歩みを進める。残像のように闇を引きずりながら。
 自宅の留守電のメッセージを携帯電話からリモートで聞いて、祥子はここに来た。
 もう少しで――。
 ノブに手をかける。
 からからの口の中で、譫言のように名前を呟く。そして、彼女は月明かりが射す、学舎の屋上へとその足を踏み入れた。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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