「ねぇ、ねぇ。いっちゃん。」 優ちゃんはまるで死に掛けの虫を見下ろすかの様に、死に掛にけの人間を見下ろしつつ、いっちゃんことこの俺、市偉に話かける。 「これ、まだ動いてるよ、ほら。生きてるんじゃないかな?」 遠い昔賑わったであろうこの町も、今ではただの瓦礫と死体の山である。 俺がまだ赤ん坊だった頃、この日本国は壊れたらしい。 決して比喩表現ではない。 この日本という国は壊れたのだ。 物心ついた頃には俺は自分と同じ頃合の年齢の子供達と集団して生きていた。いつからこの瓦礫と死体の山を目にしてきたのかさえ分からない。 当時、兄の様な存在であり、集団のリーダー的存在であった男(今の俺にあたる役割の人物)に教えられた。
この国は遠い昔に死んだ。同盟をも結んでいたというどこかの大きな国が、なんの前触れもなく、核という爆弾をこの国に叩き込んできた。日本の人口は全滅と言っていいほどに落ちた。それでも密かに、生き抜いている人間もおり、それが即ち俺達の様な者だ。無法のこの地に俺達の様な子供が生きていけるはずも無い。殺し、盗み、レイプ。 何でもありの野生の世界だ。 だから、俺達は集団になる。束になる。 固まって身の安全を確保し、安全の地を求め、歩き続ける。
そう。 俺達は無法の世、野生の世を生きている。 ただの動物だ。 俺達の知能というものが働いていたのは遠い昔の話。 たとえ、他の動物とはかけ離れた知能を持っていようと、この国では無意味だ。弱い者同士固まって生きてゆくのがやっとなのだ。 俺達は群れだ。 他の動物達となんら変わりない、ただの人間という名の動物の群れだ。 「こーら。駄目だろ、触っちゃ。」 俺は好奇心旺盛に瓦礫の上に倒れている男を突つく優ちゃんに言う。 「病気になるからだよね!」 得意気に優ちゃんは答える。 彼女も俺達と同じ、一人では生きてゆけないただの動物。彼女を拾ったのが十代前半の頃でそれから2年ほど経つため、現在は15歳ほどだろうか。歳の割には反応や物事の考え方がシンプル、悪く言えば幼い。教養がないためである。法律も存在しないこの地に教育システムがあるはずもない。 そのため俺達は多少歳を取った人間の(と言っても最高年齢がこの俺を初めとする18歳なのだが)知る限りの知識を与えようと教育している。しかし、所詮俺達も教育の解かされる事の無かったただの餓鬼だ。教える事にも限度がある。大人は汚く危ない、汚く危ない物に触ると病気になる、病気になったら死んでしまう、などと言った漠然としたものくらいしか教えられない。現在全11人の集団も文字を書ける人間が数人しかいないくらいだ。 「そう、病気になるよ。放っておいて家へ帰ろう」 家。 棲み処と言うべきか。確固たる住宅を持てない俺達は丁度良い場を見つけてはそこに勝手に住み着く。主に昔、住宅と呼ばれ確かな技術で建てられた建物の廃墟である。その様な建物は何処にでもあるように見えて、実はそうでもない。ほとんどの建物はすでに原型を留めていない状態か、先客がいる。その先客というものが厄介で、特に男の大人ときたら何をしだすか分かったもんじゃない。俺達の様な子供を目にしただけで、娯楽目的の殺人やレイプなどのために襲い掛かってくる者が多い。そのため大人がいる周辺には住み着けないのだ。それでなくても、外国の人間が人間売買目的でこの日本の地を踏みいって来るくらいだ。住居選択は慎重に決めなければならない。 その結果、俺達が現在住んでいるのが、この昔アパートと呼ばれた建物である。一部屋だが合計12室。全員に一部屋与えられても残るほどだ。優ちゃんの様な年頃の人間も多い俺達にはベストな場だ。 徒歩で1時間ほどかかるその家へ、俺と優ちゃんは歩を向ける。 今日の食材入手係は俺と優ちゃん。そのため、二人で家から離れたこの地に来たというわけだ。両手いっぱいに、野菜や缶詰を抱えて俺達は仲間の元へと歩を進める。 「良かったね。大量だよ、ご馳走だよ。『こんびに』に感謝だね」 以前教えたコンビエンスストアという、今では架空なものの存在を記憶していた優ちゃんは、今日の食料の出所の名を言う。 「ああ、あいつらも喜ぶぜ。きっと」 ――しかし、まぁ。 死に掛けとはいえ、人間がいたのは確かだ。しかも、あの男、間違いなく人的被害にあったために倒れていた。まだこの周辺に人間がいないとは限らない。また、近いうち移住しないといけない。 「優、褒められるかな?皆に。ねぇ、市偉、褒められる?」 また、彼女の様な幼い子達が眠りについた後、移住の件を話合わなければならない。生きるために。そんなことを考えながら、俺は無邪気に微笑み、俺に問いてくる少女を見つめる。 「ああ、きっとね」 無限に続く瓦礫の足場の中、俺達は歩き続けた。
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