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落書き。 作者:楽市

最終回   1
 校舎裏のトイレは小さく、ガタのある古い建物の中に、和式型のものが一つだけというものだった。見た目だけでも不気味だというのに、中はもうすでに不気味といった限度を超えたものになっている。正方形の部屋に便器が一つあり、それを取り囲む4つの壁には所狭しと落書きが書かれている。そんな居心地の悪いトイレなのだがグラウンドに近いこのトイレは僕の様なグラウンドをよく使用する運動系列の部活の人間には無くてはならないものであり、事実よく使用していた。
 一応学校のものであるトイレのなのだから、この落書きもすべて利用者である我が中学校の者だということが分かる。

 意味の成さない絵。
 いやらしい言葉。
 学校行事への意気込み。
 教師の悪口。
 無数にある落書きに目を通しながら僕は用をたし終える。便器をまたいでるその足を伸ばし、立ち上がったその時。からん、と何かが音をたてた。
 音の発信源、足元に目をやると、そこには一本のペンがある。先ほどのホームルームの際に使用したペンである。そのまま、ぽっけに入れていたものだが、それが立ち上がる際に落ちたらしい。僕は狭いスペースで体を小さく折り曲げペンを拾い上げる。
 かがんだ状態でも目の前にある落書きは目に入る。そして、自分の手の中にあるペンの存在を改めて確認する。
 好奇心が沸き、僕は適当に落書きのない壁の空間を見つけると、そこにペンを走らせた。

『死にたい。助けて』

 落書きである。
 ただの落書き。ただの悪戯。
 もちろんの事、僕は死にたいなんて微塵も思ったことがない。
 ただの好奇心。
 他の落書きたちと一緒。少しふざけて書いただけだった。
 書き終えると、そのままペンをまたぽっけに戻し、部活動をするがために、その場を後にした。

 翌日。僕のこのトイレの利用は日常的なものであり、ホームルームを終え、部活動場であるグラウンドに行く前に、いつもここに足を運ぶ。
 ギーと音をたてる古い戸を閉め鍵を掛ける。用をたそうと便器にまたがりしゃがむと、昨日の落書きが目に入った。
 そして、その落書きの隣には昨日はなかった文字が刻まれていた。

『俺も死にたい』

 思わず笑った。
 僕の馬鹿みたいな落書きに返答するなんて、と。
 このトイレは男子専用のものだ。そして、ここの利用者と言えばグラウンドを利用する人間だけである。きっと、陸上部か野球部の人間の字であろう。
 この達筆に見覚えがある僕は、自分と同じ野球部の人間だと理解した。誰の字だったかは忘れたが、見覚えがあることを考えれば、同じ野球部の人間の可能性が高い。まぁ。誰の者であろうと、どうでも良い話なのだが。
 『俺も死にたい』なんて言葉をもちろん本気に請け捕らえることの無い僕は、その落書きにまた返答してみる。

『勝手に死ね。バーカ』




 主将が首を吊ったのは、その次の日だった。
『ああ、そうする。』と、返答が書かれていことに気がついたのは、主将が死んでから数日後のことだった。
 あの字が野球部主将、原さんのものだったことは確実だった。

 もちろん、原さんが死したのは僕の文字に応じたものでは無い事は分かっている。何処の誰かも分からない者に『死ね』と言われ本当に死ぬ者などいない。
 彼が最初から死のうとしていたのは確実だ。
 でも、しかし、そんな彼に向け、僕は文字で返した。
 『勝手に死ね』と。
 それは紛れも無い事実で、僕はその日を境にこのトイレを利用していない。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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