今どき『オレオレ詐欺』なんてもう誰も騙されないよ、と思われるかもしれないが、実際はそんなこともないのだ。意外にも人間には向上心なんてものはなく、ましてや相手が老人ならば尚に騙しくるめるのはちょろいものである。 事実、現在の俺はその手を使う事で食いつないでいるのだから。
「オレオレ、オレだけどさぁ」 まず、俺俺詐欺とはお年寄りに孫や息子を装い電話することで始まる。そして、詐欺の成功は向こうの一言目での返答で大抵は決まるのだ。 パターン1『あぁ、○○かぃ?久しぶりだねぇ、どうしたんだぃ?』 と、赤の他人の俺の存在を、実の孫や息子とまんまと勘違いしてくれるパターン。 パターン2『どなたですか?』 と、俺といった主語では不信感を抱かれ、こちらの正体を追求してくるパターン。 大抵はその二つのパターンに分かれ、それが前者だった場合は『事故してしまい責任を負わないといけないから至急、金を指定の口座に振り込んでくれないか』などといったことを適当に言うことでオレオレ詐欺は完了する。 しかし、だ。 今回のターゲットの第一声返答はその2択共々に該当しない、異例かつ異常なものであった。
『あぁ、智宏か。わりぃな、今命狙われてんだ』 今まで経験したこともなければ聞いた事もない台詞が、電話の向こうから聞こえてきたことによって、俺は戸惑いしばし沈黙してしまった。 『智宏?聞いているのか』 「あ、ああ」 オレオレ詐欺をする際は、相手の年齢層を事前に調べなければいけない。電話の向こうの相手、俺を智宏と呼ぶ鬼頭厳重朗もその一人であり、前もってダウンページで名前を調べていた。厳重朗という時代錯誤な名前から老人と判断したのは正しく、声からして本人なのは確かであった。その上、独り身ということでターゲットには持って来いの人物であった。 だが、しかし。 ここにきて、ターゲットを誤ったことを確信した。 『王獄組の若ぇ奴等がなぁ、今頃んなってこの老いぼれの首ぃ狙ってきやがって。ヤクザの風上にもおけねぇ仁義のねえ、頭の悪い奴等でなぁ。俺の首とってからの自分の身に降りかかる落とし前考えてもいねぇ』
どうやら俺はヤクザをオレオレ詐欺のターゲットにしてしまったらしい。 「あ、あの、そのスミマセ――」 間違い電話でした、と言いすぐさま電話を切ろうとした俺は、次の瞬間電話から鳴り響いた銃声でそれを実行することを忘れた。 「だ、大丈夫ですか!」 電話を切ることなど忘れ、つい声を張り上げた。 電話の向こうから聞こえるのは、バタバタといった雑音と遠くから聞こえる悲鳴だけで、厳重朗の声は聞こえない。どうすればよいだろうか。詐欺目的で彼の自宅に電話した俺が、警察に連絡するわけにもいかない。電話を切るのも忘れ、俺が混乱の中、頭をかき巡らせているとやっと電話の向こうから声が聞こえた。厳重朗だ。 『はぁ、はぁ。畜生が!』 「だ、大丈夫ですか!」 『ああ、連中チャカまで持ってやがる。何人かとったが俺も撃たれた。まだ家ん中ごろごろといるぜ、参ったなぁ』 息が上がっているのが解る。『とった』というのは『殺した』を指すのだろうか。これはもうせこいことを考えている場合ではない。すぐさま警察に連絡をし、彼の自宅に向かわせなければならない。 『ぐぁ!』 ドスリと鈍い音が聞こえた同時に厳重朗の声が上がった。俺はびくりとする。全身に冷たいものが走るのが分かる。 『っち。手こずらせやがって』 厳重朗のものではない若い男の声が聞こえた。 『おい、てめぇ。鬼頭のもんだろ。安心しろぉ、こいつぁまだ生きてる。まだな。こいつに死なれちゃ困んならぁ、今から言う口座に1000万振り込め』 生憎俺の手元には今までオレオレ詐欺で溜めた金がたんまりとあった。他人のためにたとえ犯罪で溜めた金であろうと、使うのは不本意ではあったが、冷静さに欠けた俺は死寸前の人間を見殺しには出来なかった。 俺はすぐさま銀行に向かって走り出すのだった。
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鬼頭厳重朗とその息子は、畳の上で切れた受話器を置き、声を張り上げ笑っていた。置かれた受話器の隣には先ほどの『芝居』に使った火薬式の玩具の銃も転がっている。 鬼頭厳重郎は30年間勤めた会社を定年退職してからこれまでの11年間、幾度もオレオレ詐欺といったものに出くわした。そして、ある日思いついたのだ。オレオレ詐欺を手玉にし金儲けをする方法を。 それが先ほどの『ヤクザ争いの末、身代金頂くぜ作戦』である。厳重朗自身が組の長を演じ、自分の命を狙いにやってきた他の組のものを息子に演じさせ、その息子に捕まった後、身代金として電話の向こうの相手から金を頂くというものである。現在のヤクザがそんなチンピラの様な真似をすることはないと思うが、混乱状態の相手を騙すには十分な設定と考えたのだ。 そして、事実それは成功した。そう、今回のように。 元々詐欺目的の相手が、その後自分が騙されたからといって被害届けをだすほど馬鹿ではあるまい。だから、この仕事はやめられないのだ。
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