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赤頭巾ちゃん 作者:楽市

最終回   1
 赤い頭巾を纏った可愛らしい容姿をした女の子は、大急ぎで野山をかけていました。片手に持たれたバスケットには、お母さんが作った暖かいガレットが入っています。ガレットが割れてしまわないように、けれど急いで、それを届けようと、赤頭巾の女の子は慎重に、必死に走りました。それと言うのも、病気で寝込んだおばあちゃんのためなのです。赤頭巾の女の子は、山を一つ越えたところに住んでいる、おばあちゃんが病気になったことを知り、大急ぎでお見舞いに行こうと思ったのです。そして、少しでも早く、お母さんの作ったこの美味しそうなガレットをおばあちゃんに届けたかったのでした。
 だから赤頭巾の女の子は走りました。おばあちゃんがこしらえてくれた、お気に入りの赤い頭巾をなびかせ、走りました。おばあちゃんが心配だったということもありますが、それ以外にも赤頭巾の女の子が急いでしまう理由がありました。それはお母さんです。普段、女の子のお母さんは義理の母であるおばあちゃんに辛くあたるのです。昔から仲が悪いのです。女の子が幼い頃は、お父さんと四人で、仲良くおばあちゃんのおうちで暮らしていたのです。しかし、お父さんが死んでしまってからといものの、お母さんのおばあちゃんに対する態度は激変し、それに対応するようにおばあちゃんのお母さんへの態度も大きく変わりました。
 『ちょっと、お義母様。お風呂はいつも最後に入ってください、といっているでしょう。次に入る人が困るんです、お義母様の後はお湯が汚いからって』
 『あら、失礼。あなたのような清潔感が感じられない人間が、私の体で殺菌されたお湯に浸かるのは少し厳しいものがあるようね。拒否反応でもおこるのかしら』
 このように、少し会話を交えると、すぐに嫌味の言い合いになってしまうのでした。別れて暮らすようになったのも頷けます。
 そんな仲の悪い二人ですが、お母さんがおばあちゃんにガレットを持っていっておやりなさい、と女の子に言ったときは、彼女は嬉しくて飛び跳ねたいくらいでした。おばあちゃんが嫌いなお母さんが、おばあちゃんの身を案じるだなんて、と。
 だから、女の子は野をかけ、山を登り、嬉しさがいっぱいのようすで、森に足を踏み入れます。


 腹を空かした狼に声をかけられたのは、そのときです。その狼は女の子が美味しそうで溜まらず、よだれをだらりと大きな口から垂れ流していました。その瞳は飢えが一目で察せるほど酷く恐ろしいもので、女の子に恐怖心を抱かせるには十分な迫力がありました。
 「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。そんなに急いでどこへ行くんだい、この野郎」
 言いながら、狼の口からよだれが吹き出ます。息があらく、まるで餌に待ったをかけられた飼い犬を思わせました。
 「おおおおお、おば、おばばば、おばあちゃんの、お、お、おうちへ、い、行くののの」
 酷く震えた声で女の子は答えます。頭の赤頭巾が小刻みに震えているのが解ります。
 「そうか、そうか、この野郎。それはそれは、美味しそうな肉つきをしているね、お嬢ちゃん。牙でごちゅごちゅ噛み砕いて、そこから出てくる血を一緒に飲み込むと実に美味そうだ、この野郎」
 かみ合わない狼の返答を聞いて女の子は確信しました。嗚呼、この狼さんはもう私を食べることしか頭にないのだ、と。
 「わわ私ね、びょ病気で死にそうなおばあちゃんを最後に一目会いに、い、行くのよ。そ、それはそれは、すごく優しいおばあちゃんで、かかか、彼女は最後に私にこう言うの、『もっと、生きたい』って」
 女の子は、遠い未来とある島国で流行る感動小説の題名を述べ、同情を買う作戦に移りました。すでに、おばあちゃんが亡くなる際に残す台詞が決定しているところから、矛盾性がわかりますが、女の子を食べることしか頭にない狼は、そんなこと気にも止めません。
 「そうか、この野郎。なら俺がおばあちゃんと一緒な世界に親切心で君を連れて行ってやろう、この野郎」
 数秒後の殺人予告をした狼に、女の子は最後の手を使います。
 「ちょいちょいちょい、待って!これ、これあげるから!」
 女の子に向けられて開く大きな口が動きを止めました。狼は差し出されたバスケットに目をやります。そこから漂う香ばしい香りに、今気がつきました。
 「そうだな、この野郎。それを俺にくれるというなら、お嬢ちゃん。君を見逃してやるよ、この野郎が」
 安堵する女の子を横に狼は、おばあちゃんの口に入るはずだったガレットをバスケットごとぺろりと飲み込みました。少し、悲しい気持ちにもなった女の子ですが、自分の身には変えられません。
 「さて、デザートはお嬢ちゃん、君だ、この野郎」
 女の子は慌てます。
 「やや、約束が違うじゃない!この野郎!!」
 狼のせいか、いつしか品のない台詞を語尾に付け加え叫ぶ女の子です。
 「知るか、んなもん。この野郎、馬鹿野郎、こん畜生め」
 最後に自分を指す言葉を悪口として女の子に吐き、狼は襲い掛かりました。しかし、そのときです。
 狼は、唐突に腹痛を訴え、草の中を転げまわり、木々を引掻きちらし、最後にはぴくりとも動かなくなってしまいました。
 女の子はしばらくそこに立ちすくみ、何が起きたのかを理解したときには、すでに日が落ちかけていました。

 赤頭巾を被った女の子は、おばあちゃんに対してのお母さんの、恐ろしいほどの殺意に感謝したのでした。そう、お母さんはおばあちゃんを病気に見せかけて殺そうと考え、ガレットに毒をもっていたのでした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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