「さあ、みんな休み時間だ。暇だから先生と遊びなさい」
お昼休み。教室で友人と昨夜の卑猥な番組について語り合っていた僕たちに、先生は突然そんなことを言ってきた。 「鬼ごっこしよう、鬼ごっこ。先生が鬼やるから捕まった女子は先生に服従すること」 勝手に話を進めてゆく先生。女子限定が前提の上での話らしい。 「ほら、みんな鬼ごっこだ。みんなスカートをはきなさい、すでにスカートはいている子は、なんかもっと露出の高いのはきなさい。いや、無理にとは言わないよ勿論。勿論、何もはかなくたっていい」 言いながら先生は服を脱ぎだしていた。いつしか先生は全裸となっている。 「強いて言うなら、先生は変態だ」 意味が分からない。発言に脈絡がないし、【強いて】の扱い方も奇怪だし、残念ながら先生が変態であることは言われなくとも認識できる。 「先生」 太郎君が挙手をした。無駄に礼儀が正しいことで有名な太郎君だ。 「お洋服を御召し直して下さって下さると有難く存じまするでございますです」 流石は太郎君、完璧な敬語だ。全裸の男にも礼儀を忘れないところが、またすごい。 「太郎君」 椅子に腰かける岬ちゃんの太股に、腰を下ろすと先生は言った。 「君は悪い子だ。とてもとても悪い子なんだよ、だからそこの窓から飛び降りなさい。君が呼吸することによって温暖化が徐々に進行しているのだ。さっさと呼吸を止めなさい。或いは光合成してみなさい。でもそれは無理だろうから、やっぱり君はそこから飛び降りなさい」 太郎君が窓から飛び降りた頃には、ケンヤ君が指の関節を一個ずつ鳴らしていた。そう、不良のケンヤ君だ。一年生の頃、今は亡き太郎君に『ばーかばーか』と意味もなく罵ったことがあると語るケンヤ君なのだから、それはもう不良に違いない。ケンヤ君は格好良くて、女の子にも自称人気で、『ケンヤキモイ』と口を揃えて言う女子らに対し『あれは好意の裏返しなんだぜ』と豪語する。だから、ケンヤ君はとにかくすごいのだ。指の関節が十本中六本も鳴らすことが出来たのだから、すごいに決まっている。 そんなケンヤ君が先生に言った。 「先生、五時間目は何をするんですか?」 「算数だ。さあ、みんな早く体育館裏に行きなさい、鬼ごっこを始めるよ」 流石ケンヤ君だ。一時と言えど、勇気を出してふと疑問に思ったことを問うことによって先生の話をそらしたのだから。ケンヤ君は今流行の不良なのだ。毎日破れた同じジャージをはいてくるのだから間違いない。女子達に『ケンヤ臭い、不潔』と連呼されても、そのファッションスタイルを崩すことなく、平然とした態度のまま裾で鼻水をすすることが出来るだから、立派な不良なのだ。すごいのだ。 「先生」 岬ちゃんが言った。 「なんだい?」 先生は首を少しばかり後ろにやり、自分の尻の下にある太股の持ち主に答えた。岬ちゃんは文字通り目と鼻の先にいる先生に言う。 「降りてください、先生に言いますよ」 「ごめんなさい」 先生は男らしくきっぱりと謝ると、可憐な動きで岬ちゃんの太股の上から降りた。流石先生だ。このクラスのドンなだけはある。
「先生、あなたの格好は立派なセクシュアルハラスメント行為であり、私たち児童期の者に悪影響を及ばす可能性が非常に高いと思われます。至急、脱いだ衣服を着用してはくれないでしょうか」 凛々しげな謝罪と共に、岬ちゃんの太股から今は亡き太郎君の机へと飛び移った先生に、斎藤さんは言った。斎藤さんの発言からも分かるように彼女は頭が良い。なんていったて彼女はメガネをかけているのだから。 「斎藤さん」 全裸の先生がいった。机の上のお尻が冷たそうだ。 「スカートをはいていない君に、僕のファッションをとやかく言う権利はないんだよ。くやしかった僕と同じファッションスタイルになってみなさい」 流石は先生だ。意味がわからない。 「先生、あなたの裸体は公衆の場で露出が出来る程の価値がありません。特に下半身にかけては恥るべき結果となっています。あなたのためにも、服を着用することを勧めます、せめて下着だけでも」 先生は自分の下半身に目を落とした。沈黙の中、教室中の生徒らの視線は、一人机の上で自分の下半身を見つめる教師へと降り注ぐ。 「……」 先生は床に落ちるパンツを拾うと、静かにそれをはいた。 「さあ、みんな、鬼ごっこだ。スカートとかもうどうでもいいから、女子のみんなは体育館裏にいきなさい。先生と遊ぶのは楽しいぞ」 何事もなかったかのように言うと、先生はパンツ一丁姿で立ち上がった。流石は先生、身体的コンプレックスを女子生徒に指摘されようと、怯もうとしない。結構な傷を心に負ったことだろうけれど。 「先生」 どこかで見た顔だと思い、扉から現れたその人物に少しの間、思考していると、それが太郎君だということを思い出した。確か、太郎君は何かの事故で亡くなったはずだ。にも関わらず、ここに現れた彼は、流石敬語が巧いだけはある。額から流れる血は、ケンヤ君と渡り合えていると言える程の不良っぷりだ。太郎君の額から流血といった行為は、ケンヤ君でいう鼻水を裾で拭う行為に匹敵するだろう。それが、今の太郎君のワルカッコよさを物語っている。太郎君、すごいぞ。 突然現れた太郎君は花壇から引っこ抜いてきたのか片手に花を持って、ただただ『はぁはぁはぁはぁ』と息を荒くしながら、先生の姿を見据えていた。沈黙のなか、太郎君の息遣いだけが教室に響く。衣服はドロだらけとなっていて、そんな状態で花を握りながら『はぁはぁ』言っている太郎君はちょっとした変態だろう。流石は敬語が巧いだけはある。 「太郎君」 沈黙を破ったのは先生だった。 「君は悪い子だ。とてもともて悪い子なんだよ。呼吸をするなと言った先生の前で、『はぁはぁ』言っている君は反抗期なのかい?それとも発情期なのかい?どうでも良いけれど、先生は君が臭くて臭くて溜まらないんだよ、早く帰りなさい」 先生は開いている窓を指差した。 太郎君が再び可憐に宙を舞ったころには、信助君が先生に豪快な体当たりを決めていた。ほぼ全裸の先生に迷わず体当たりが出来るのだから、信助君はすごいのだ。 「痛いじゃあないか、信助君。君の想いを、先生受け止めることが出来ないよ、強烈すぎるよ、なぜそんなことをするんだい?」 ここに描写するのも気が引けてしまうくらいに、酷い体勢で床にへばりつく半裸の先生は言った。 「先生、僕スカートはきます、体育館裏に行きます、遊びます、鬼ごっこやります、遊んでください」 流石は信助君だ。体当たりする理由がまったく見当たらない。 「信助君」 言いつつ、先生はくねりねくねりといった様子で、思わず反吐が出てしまう立ち上がり方をする。左右上下へと微々たる変動を加えながら立ち上がるその不愉快極まる姿を、ここへ描写できるほどの文章能力がほしい。 「君は男かい、それとも女かい?」 「僕、男です」 「ああ、そうだよ、君は汚らわしき男なんだよ!」 言うが早いか、先生は目にも止まらぬ速さで、信助君の懐へと飛び込んでいた。床へ叩きつけられる信助君。同じく、バランスを崩し信長君の上へと倒れこむ先生。 互いの荒い息遣いが教室中に木霊する。 立てなくなった亀を思わせる二人は、いつまでもいつまでも、床の上で抱き合っていた。
そんな青春な光景を、僕たちはいつまでも見守っていたんだ。
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