あれから、ずっと考えてた。 俺の部屋にある顔の事、顔たちの過去、婆の事、俺の事…… 俺は一体何をやってるんだろう? 誰にも見つからないように。 影のように。 透明人間のように。 ひっそりとこんな風に暮らし始めたのはいつからだった? それすらも思い出せない。 だけど今、確かに俺はここに居る。 俺がこの世界に居る理由なんてあるんだろうか。
誰だっけ、人間一人一人に生まれてきた理由はあるんだって言ったの。 それなら何故俺なんかがこの世に生まれたんだ? 俺はあの時そいつに尋ね返したんだろうか。 それすらもがあやふやだ。
何もかもがあやふやな中、俺はポケットに仕込んだ鉄の塊に触れる。 物体だけが俺の心を安らかにしてくれる。 物体は俺を裏切らない、物体は俺が今ここに在るって教えてくれるから。 感触だけが俺の存在を確かなものにしてくれている。 もし、もしも・・・感触が、最後の頼みの感触すら俺の元から去ってしまったら、そうしたら俺はどうなるんだろう…… 全てを奪われたヒトはどうなるのだろうか。
仕事の帰り道、いつも俺は不安になる。 今俺に与えられているものは今だ俺の手の中にあるのか、何か気づかぬうちに消え去ってはいないだろうか。 不安で不安でしょうがない夜もある。 そんな夜、俺は静かに外に出る。 いつものように、気配を消して。 仕事はしない。 タダでやってやるほどボランティア精神には生憎恵まれていない。 だから仕事以外で出かけるときはいつも手ぶらだ。 本当にぶらぶらと意味も無く歩く。 そのうち嫌な事だって嬉しかった事だって忘れてしまうんだ。 それが俺のいいところであり悪いところでもある。 今夜もまた意味も無く出歩くことになるのだろうか。 帰る道すがらそんなことを思う。 帰り道に全て忘れ去れたらいいのに。 だけど、思うように行かないのが人生で。 大抵こういうときはしっかりとした記憶が俺について回るんだ。
部屋にある大量の顔たちは今頃何を思っているんだろう。 ふと顔たちを思い浮かべた。 気味が悪いと言えば悪いが、今の俺にとっては唯一の話し相手でもある。 そういえば婆以外の人間としばらく言葉を交わしていない。
|
|