「婆、俺もういかなくちゃ・・・」 約束の時間が差し迫っていた。 どこか焦りながらも俺は本当は婆の話を聞きたかったが、婆はさらりと 「おや、それじゃあ・・また今度にしようかねぇ」 微笑ましい何かを見つめるような声音で言う。 「え?なにを?」 俺は婆が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。 「おやもうお忘れかい?その少年について話をしているところだっただろう?」 あぁ、そういえばそうだった、ような気もする。 俺は記憶力が極端に悪い。今更ながらにそんな自分に悲しみを覚えた。 「じゃあ、今度はなしてくれよ」 そう言い残して俺は仕事へと向かった。
仕事から帰る道すがら遠くを見つめながら思った、あの少年の事を。 あの少年は俺を恨んでいる。 そして、あの少女も。 少女は自ら死を望んだと言っていた。 この世の中はそんな奴らばかりだ。 みんなが死を望んでいて、それでいて死を恐れているんだ。 死なんて簡単なのに。あっという間のものなのに。 それなのに、皆怯えてるんだ。 だから、死んだ目をして生きている。濁って澱んだ目をして毎日意味も無く自分の存在すら世界に知らしめようとせずにのうのうといき続けるんだ。 俺も、お前も、みんなみんな。 そんな世の中だから別に自ら死を選んだって不思議じゃない。 他の子よりちょっと勇気があっただけさ。 それよりあの少年だ。 アイドルのコンサート?何だそれは・・・ 全く思い出せない・・・ あの少年を俺は見たことがあるのか?それとも知り合いだったのか? それすらも思い出せなかった。
婆は少女が死んだと言った。 そして、少年も。 俺の部屋に居る顔たちは皆死人なんだろうか・・・ 全員? 俺は愕然とした。 その頃、俺の部屋には数え切れぬほど多くの顔が所狭しと壁を埋め尽くしていたからだ。 顔、顔、顔・・・ 奴らは一体何者なんだ? 婆、俺は一体そいつらと何の関係があるんだ? 気が漫ろになりつつも俺は仕事場へと向かう。
仕事をしている間はいい。 俺の些細で大きな欠陥を忘れることができるから。 一生懸命その瞬間その瞬間に集中していれば何の問題もないのだ。 だから、俺は仕事が好きだ。 好き? 本当に? 何もかもが分からなくなってきた。 俺は俺の存在にすら自信が無いのだ。
|
|