若いの、そんなにびっくりしなさんな。 婆はそう始めた。 一方俺は情けないことに、腰を抜かして呆然と婆の顔を見上げていた。 壁にくっついてるだけの顔が、今まで表情は確かに浮かべていたが一言も話さなかった顔が、勿論話さないだろうと思い込んでいた顔が・・・話したのだ。 しかも、ちゃんと唇だって動いてる。 本当に、しゃべっているのだ。 腰を抜かさずにいられるだろうか? 「ば、婆・・ちょ、ちょっと待ってくれ」 俺はそう言うので精一杯だった。 「いくらでも待とうじゃないの」 婆はかかと笑う。 俺はようやく頭の中で整頓できてきたような気がしてきた。 「婆、お前は・・・誰だ?」 ほっ、ほっ、ほっ・・・婆は声を上げて笑い、そうしてにやり、と顔をゆがめる。 「若いの、そう慌てなさんな。 これからよくよく聞かせてやろうぞ」 婆は一呼吸置いてから、静かに問いかけてきた。 「若いの、本当に知りたいのかい?」 ああ、俺は即答した。 「じゃあ、もう一つ訊くよ。 ・・・私を見て、誰かに似ていると思ったりしたことはないかい?」 婆はじっと俺の目を見つめながらそう問うた。
婆の顔・・・ 言われてみれば、確かに俺はこの顔をどこかで見たような気がする。 それも気のせいかもしれない。 だが、どこかで見たような気がしてならないのだ。 「どこで・・・?」 首をかしげながら婆を見た。 「そうかい、そうかい。 思い出さないか・・・ならば、こうしよう。 お前がこれからもし、私の本当の姿を思い出せたら、その時には必ず私の過去を話してやろう」 ただし、婆はそう付け足した。 「ただし、なにもしないわけじゃあ・・・若いの、あんたは満足しないだろう。 だからちゃんと思い出せるようにヒントはあげよう」
|
|