■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

なごや物語 作者:神門ぺぷしY

第5回   第五話 ちょうらかす
 昭和52年の秋、王貞治が後楽園で通産756号の本塁打を打って世界一になった。相手のチームはヤクルトだった。
 大学二年生になった誠司は、同じ名古屋出身のナベちゃんの部屋に遊びに来た。苗字の渡辺からナベと呼ばれていた。高校生の時は、あまり話したことはなかったが、東京の大学に進学して仲良くなった。大学は違うが下宿先が近かったので、お互いに行き来していた。
「ナベ、元気だったか?」
「おう誠司か、久しぶりだな。王が、756号打ったがや」
「ほうか、ドラゴンズは、どうなった?」
「わっからへん。中日の試合はテレビでやらせんであかんわ」
「おい、風呂行こまい」
「昨日行ったばっかだわ」
「毎日入れよ」
「そっだ、この前バイトの給料もらったんだわ」
「おれも月末にもらったわ」
「トルコ行こまい」
 当時、トルコといえば「トルコ風呂」のことを言った。頭だけを出すスチームバスのある個室で女性が湯女のようなサービスをしてくれる。男と女が一室で裸で向かい合うので当然それなりに楽しいらしい。現在の風俗店の走りである。しかし、その後純情なトルコ人の青年の訴えにより、1984年(昭和59年)にトルコ風呂の名称を一切使わないことが業者のあいだで決定した。以後、一般公募によりソープランドという名前に決まった。

「おれ東京では行ったことないわ。金津園なら行ったことあるぞ」
 誠司は東京の大学が受かった時に仲間たちとお祝いと称して岐阜の金津園というトルコ街に出かけたことがあった。それが風俗初体験だった。
「金津行ったんか、おれは中村だわ」
 名古屋の中村公園の東に古い遊郭があったが、そこがトルコ街になっている。名古屋の男が遊びに行くのは、中村か岐阜の金津園が一般的だった。 

 ナベは新宿の喫茶店でウエイターのバイトをしていた。
「この前、バイト先の先輩に連れられて池袋のトルコ行ったんだわ」
「ほうか、どうだった?」
「相手の女は、年上だったけど、きれいだったぞ。おっぱい大きくてな」
「そっか、おっぱい大きかったか」
 おっぱい好きの誠司としては、たまらなかった。
「でかぱいだったわ」
「よし、行こまい」
 井の頭線と京王線を乗り継いで新宿駅に出て、国鉄の山手線で池袋駅まで行った(当時は、まだJRではない)。池袋駅の周辺は、独特のにおいがある。下町のにおいとちょっとモダンでオシャレな都会の街のにおい、それがミックスして発酵したようなすえた酸っぱいにおいがしてくる。
「おい、景気づけに酒飲んでいくか」
 東京トルコ初体験の誠司は、やや緊張していたのでアルコールで気持ちを高めようと思った。
「いかんて、この前、ぐでんぐでんに酔っ払って行ったもんだで、なかなかたたへんかったんだわ。酒はやめとくわ」
「そっか、じゃあすぐ店行くか。どこだ?」
「あれ、西口だったと思ったけど」
 池袋は、表の顔と裏の顔を持った二面性のある女性のような街だった。酔っ払ってやってくると、まず方向感覚が狂う。素面で来たらどこだったか迷ってしまう。どうにか二人はトルコの店が並んでいる界隈に辿り着いた。
「あそこや」
「よし入ろまい」
「その前に、どっちが先にする?」
「どういうこった?」
「女が順番にやってくるんだわ。当たり外れあるんだわな。この前は、おれが後輩だもんで、最初に来た女が太っとたもんで、おれが先に行かされたんだわ」
「そっか、そりゃたまらんな」
「胸だけでなく、ぜんぶ大きかったわ」
「なんや、でかぱいでなく、でぶか」
「だで、おみゃからいけ」
「たわけたこといっとってあかんて。おみゃがさきだわ」
「それじゃあ、いんちゃんしよまい」
「ああ、ええぞ」
 店の前で元気よくジャンケンする二人だった。結果、誠司が先になった。自動ドアを入ると男のボーイが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご指名ございますか?」
「ご氏名? 名前か? おれは……」
「違うわ。誰か女の子を指名するかということだわ。なしなし、若い子、お願い」
 ナベが慣れた様子でソファに向かう。
「奥まで行かんのか?」
「ここで待っとるんだわ」
 ボーイが飲み物を運んできた。テーブルの上には、タバコの入った箱が置いてあった。すぐにナベが手をのばした。
「おい、ただか」
「あったりだがや」
 誠司もタバコに手をのばした。
「おまえ、吸ったっけ」
「いや、吸わんけど、ただだで吸ってみるわ」
 とたんに咳き込んだ。
「なにやっとる、たわけ」
「おまたせしました」
 ボーイの後ろに女性がいた。
「こちらへどうぞ」
 先は誠司だったのでついていく。小柄の茶髪の女性だった。タオル地のムームーみたいな服を着て、手にはタオルと小さなバッグを持っている。彼女に連れられて階段を上る。左右にドアがいくつもある。金津園で体験した部屋よりは、かなり狭い。
「お客さん、はじめて」
「うん、東京は初めてだね」
「どこからいらっしゃったの?」
「うん、名古屋だがね」
「あら、わたし高山の出身よ」
「ほお、高山祭りの……。いいところだね」
 家族旅行で行った思い出がよみがえった。あれは、中学校の時だっけ、途中で車酔いして車中で吐いた。旅の終わりまで酸っぱい胃液のにおいがした。あのにおいを思い出した。
「高山行ったことあるの?」
「うん。一回だけね。きみは、よく高山へ帰るの?」
 とたんに女は横を向いて湯船の湯温を調節していた。なにやら聞いてはいけないことだったらしいと悔やんだが、まあ仕方ない。
「はい、お風呂準備できました。服を脱いでください」
 シャツやズボンを手渡すとハンガーにかけていってくれる。最後のパンツを脱いで籠に入れていると、すでに女はブラジャーとパンティーを脱いで裸体になっていた。意外に豊満である。
「はい、こっちへ来て」
 手を引いてくれる。スポンジに石けんをつけて、シャワーをかけて洗ってくれる。
「あら、もうこんなに元気になって」
 思わずぴょこんと天井に向かって屹立した不肖の息子であった。プラスティックの椅子に腰かけているとすみからすみまで洗ってくれる。お尻のところに穴が開いていて、下からお尻の穴から玉の裏側まで洗ってくれる。それが、こちゃばゆいのなんのって、たまらない。
「ひゃひゃひゃ、そこは、もういいよ」
 笑いながら体をよじらせて拒否した。
「おにいさん、感じやすいのね」
 笑いながら言われてしまった。
 きれいさっぱりシャワーを浴びると湯船につかる。女は部屋のベッドにバスタオルをひいている。後ろから見るお尻の割れ目がセクシーだった。
「はい、出てください」
 湯船から出て立ちすくんでいるとバスタオルで拭いてくれる。そのままベッドに寝かされる。 突然、乳首にキスをされる。男も乳首は弱いのだということを初めて知った。そのまま、女の唇は、へそに行き、もっとその下へ行き、大切な部分をぱっくり咥えこんだ。ざらざらした舌の感触が敏感な部分を刺激する。
 あっ、ちょっと先っぽから汁が出そう。このままいってしまうと、あまりにもったいないと思って我慢する。我慢しても出る汁を我慢汁ということをあとから知った。手持ち無沙汰だったので、とりあえず手をのばして女の乳房を揉む。肌の感触が普通とは違う。なにやら強力なクリームを塗っているらしい。肌を守るためにトルコ嬢は、特殊なクリームを使用しているという。女は、誠司のモノを咥えたまま自分の尻を誠司の顔の上に持ってきた。
「おお、これが69ってやつか。たまらん」
 目の前に女体の神秘が鎮座している。自分たちのかっこうを想像しただけで興奮度は一気に高まった。ずっと咥えられていて限界を超えていた。
「う、う、う、う、おううう」
 広大な宇宙空間に流星群が飛び立っていくのを感じた。ロマンとエロスが合体した瞬間だった。頭の中では「色即是空、空即是色」と誰かが唱えていた。
「あら、早いわね」
 いつの間につけていたのか、誠司の股間には避妊具がついていた。てっきり女の口の中に発射されたと思われていた白い流星群は、ゴムの中に閉じ込められていた。
「ほら、いっぱい出たわよ」
 別に見せてくれなくてもいいのに得意そうに顔の前に持ってきた。
「まだ時間あるから二回戦いいわよ。今度は、私の中に入れてね」
 ウインクした。こんなに見事なウインクをする日本人女性は初めてだった。しかもこんなにうれしいウインクも初めてだった。
「もう一回いいの?」
「ええ、時間内なら何回でもいいわよ」
 その瞬間、絶倫になった気がした。
「もう大きくなったわ」
 ティッシュで拭いて綺麗になった不肖の息子に再びキスの嵐、今度はいつゴムをつけるのか見極めてやろうと注意していたが、やっぱりわからなかった。
「行くわよ」
 思わず「どこへ?」と聞きたかったが黙ってうなずいた。女は腰を浮かしてゆっくりと挿入していった。肉と肉が一枚の薄いゴムを通して接触しているのがわかった。じれったいが仕方のないことだった。女は腰を上下している。女は歓喜の表情をしている。なんとうめき声を出している。こういうのをよがり声というのだろう。
「気持ちいいいの?」
 思わず質問してみた。
「いいわ、いいわ。最高」
 意外にオレのあそこは大きくて女性を感じさせることができるのかもしれんぞ。と一人満足する誠司であった。二回目は余裕を持って発射することができた。
「よかったわ。あなたお上手ね。わたし感じちゃったわ」
「ほうかね、ほうかね」
 女性に喜んでもらえたことが、大きな喜びになるのであった。
「お友だち、もう終わったかしら?」
 すっかりナベのことは忘れていたのに、彼女は友だちのことまで心配してくれる。なんて、いい娘なのだろうか。さぞかしいい嫁になることだろうなどと妄想がふくらんでいった。
「はい、これわたしの名刺。丸がついている日がお休みね。それ以外は店にいますから、また来てね」
「マユミさんって言うんですか。いいお名前ですね。ぼくは、誠司といいます」
「セイジさん、忘れないわ」
 彼女の瞳が、きらりと光った。運命的な出会いだったのだろう。
 熱しやすい誠司は、その瞬間恋に落ちた。
「きっと、また来ます」
「ありがとう。はい、下着つけて、服着ましょうね」
 お母さんのように優しい言葉だった。マユミの顔に名古屋の母を見た。

 待合室に戻るとナベが煙草を吸っていた。
「遅かったな。じゃあ、いこまい」
 店を出ると、そのまま焼き鳥屋に入った。ホッピーで乾杯すると早速ナベが口火を切った。
「おまえについた子、なかなかよかったな」
「おまえのほうは、どうだった?」
「それがよう、この前の太った子だでかんわ」
「ほおう」
「胸も腹も尻も太い、そんでもって背が低い、ちんちくりん」
「そうか、そうか」
「おれが先に行けば、よかったわ」
「インチャンしよまい、っていったのナベのほうだがや」
「まあ、仕方ないな。そんで、おみゃのほうは、どうだった?」
「それが、マユミっていう高山の子だけど、感じてまってな」
「嘘こけ」
「ほんとだがや。えりゃ感じてまって声だしたんだわ」
「演技やろう」
「いいわ、いいわ、最高。あ〜ん、あ〜ん」
 身振り手振りで熱演して見せた。あの時の興奮が甦ってくる誠司だった。他の客も、こっちを見ている。
「ええかげんにせいや、こっちが恥かしいがや」
「またマユミのとこ行かなかん」
 顔を紅潮させて意気込んだ。
「おめえ、ちょうらかされとるんだわ」
「なんだと」
 今度は怒りと酒で紅潮した。
「相手はプロの女だぞ。感じとるように演じとるんだわ」
 ナベは自分が、ちんちくりんの女だったものだからひがんでいるのではないかと思った。
「そんなこと、あらへん。マユミは感じとった」
「おまえ、しろうとの女の子とやったときどうだった?」
 そういえば初体験のときに高校の同級生の今日子ちゃんに「あんた早いわね」と笑われたっけ。だんだん冷静になってくるとナベの言うことが、もっともらしく思えてきた。
「そうやろか。マユミは、ちょうらかしたのか?!」

 「ちょうらかす」とは、「だます」とか「あやす」という名古屋弁である。
 それでも、まだナベのいうことを信じることができない誠司であった。今度バイト代が出たらマユミに会いに行き真相を正してみようと思った。
 いつしか池袋の夜は更けた。
                                                                          おしみゃあ
                                              

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections