昭和五十年春、ベトナム戦争が終わったらしい。新幹線で名古屋駅に降り立った誠司は、家に帰らずに、そのまま今池の居酒屋に向かう。約束の時間に少し遅れた。会場は、座敷だった。靴を脱ごうとすると声がかかった。 「おまえ、なにちょうすいとる」 Tシャツにジーパンという姿の誠司を見て、スーツ姿の隆彦が言った。 “ちょうすいとる”とは、“調子にのっている”とか、“格好つけている”といった意味の名古屋弁だ。 この春に高校を卒業したばかりの若者たちが五月の連休に第一回目のクラス会を開いた。誠司は、東京六大学へ進学したが、この日のために戻ってきた。隆彦は地元の大学に通っている。ほとんどの者が地元の大学か専門学校に通っている。地元に残った男子は、スーツかゴルフウエアみたいなポロシャツにスラックスという装いだった。女子は、当時流行の横浜のトラディショナルファッション、ハマトラ一色に染まっている。どの娘もフクゾーのカーディガンやベストにミニスカート、ハイソックス、ミハマの靴、手にはキタムラのバッグを持っていた。 そんななかで誠司は、一人だけ浮いている。異邦人だった。名古屋では、Tシャツとジーパンというラフなファッションが、ちょっと早すぎたようだ。 ぴかぴかの革靴が並んでいるところに誠司の汚れた運動靴を置く。 「おめえ、そんな格好で掃除でもするのか。それに生活苦しくて靴買えねえのか」 「これはコンバースのバスケットシューズだ。東京で流行っているんだ」 「ほうかね、ほうかね、そりゃ東京では、さぞ流行っとるんだろうね」 「おみゃあら、はよ中へ入ってこんか」 幹事役の裕介が二人を呼び込んだ。 「マコちゃん、カッコよくなったねえ」 女子の美紀が言った。誠司は高校時代に誠の文字からマコちゃんと呼ばれていた。彼女は髪にパーマがかかっている。正直に言うとおばさんみたいになっている。でも口が裂けても、それは言えなかった。 「誠司君、ここ空いているよ」 びしっと化粧を決めて、ホステスのようなドレスに身を包んだ謎の女性が彼を呼んだ。彼女は女子の中では浮いている。 「だれ?」 「今日子だがね」 「うそ、あのデスが、こんなに……」 いつも授業の時に、最後に「〜です」と強調して話す癖がある今日子は優等生であったこともあり、できん坊主たちから「デス」とあだ名をつけられていた。授業中には黒ぶちの眼鏡をしていた小太りの女の子だった。それが、見事に変身して蝶になっている。あまりに化粧が濃い目だったので、蝶というよりもモスラのような蛾のイメージが先に立つ。彼女の隣に座ると化粧品の香りが鼻腔をくすぐる。猫にマタタビ、若い男に女性の匂いということで、誠司は酒に酔う前にオンナに酔ってしまった。 「先生が、ござったぞ」 担任教師が、席に着くと乾杯の音頭があり、宴会が始まった。
その夜、異邦人誠司とモスラ今日子は意気投合した。十代でしこたま違法な酒を飲んだこともあって酔いしれていた。ばらばらと散会になったときに、誠司は今日子の手を引っ張っていった。児童公園の横にあるラブホテルにもつれ込むようにして入って行った。部屋に入るなり抱きつくと、ドアをノックして仲居さんがお茶のポットを持ってくる。 タイミングを逃して手持ち無沙汰にしていると悪酔いが誠司を襲う。胃の奥のほうからうねりが巻き起こる。 ぐえええええという音を飲み込みながらトイレに駆け込む。白い便器に元食べ物が液体となって流れ出る。次から次に出てくる。いったい胃のどこに入っていたのだろうかというほど大量に出た。 すっきりすると性欲が優先順位のトップに躍り出た。若いって素晴らしい。 他人の服を脱がすことがこんなに難しいことであると誠司が学習し終わると、今日子は、裸になっていた。白い身体はマシュマロみたい。 オンナの身体は、なんて柔らかいんだ……誠司十八歳初めての体験だった。 しかし快感は一瞬だった。突然、今日子が笑った。 「ふふふ」 「なにが、おかしいの?」 「だって早いんだもの」 「えっ!? 今日子ちゃんは初めてじゃないの?」 「なに言っとるの。私十六の時に先輩としてるわよ」 「そうなんだ」 「誠司君、初めてでしょう?」 「わかる?」 「うん、そりゃあ」 いくら東京に行ったからといって、わずか一ヶ月ちょっとで男になるのは無理だった。ましてや高校生の時に初体験するなんて思いもよらなかった。それを今日子は一年のときに体験済みだったとは。
オンナは、おそがい。いつの間にか名古屋弁が戻っている誠司だった。 おしまい
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