―――矢野崎公園
僕たちは昨日と同じ様にベンチに座っていた。
「悠介さん、花火は好きですか?」
「昔は好きでしたよ。でも今は別に興味ないですね。しいて言えば、花火大会の時にかき氷、ラムネ、焼そばが売ってるのが嬉しいくらいですかね。と言っても、ここ数年行ってませんけど」
「そうですか…」
しまった。彼女を少しガッカリさせてしまったようだ。というか、彼女も僕が花火に興味ない事くらい予想出来たのだと思うが…
「サヤカさんは好きなんですか?花火」
「大好きですね。子供の頃、家族とやった線香花火も好きですし、花火大会に行って、公園でシートひいて見るのも好きです」
「サヤカさんはきっと浴衣似合うんだろうな」
「え?」
「そんな気がします」
「うーん。悠介さんに言われてもなぁ」
「はは…」
「冗談ですよ」
冗談か…僕にとっては結構ヘビージョークだ…
「夏休みになったら一緒に私と行きませんか?」
「花火ですか?」
「そうです」
「たぶん、僕は退屈してしまうと思いますよ」
「焼そばでもかき氷でも何でもオゴりますよ」
経済面で言ったら、僕の方が(僕の家の方が)彼女より何十倍も何百倍も上なのだが…
「いいですよ。行きましょう」
「約束ですからね」
「約束します」
花火…懐かしい響きだった
花火大会…浴衣…か…
僕はふと彼女に質問をしてみた。
「あの、僕は浴衣どうですかね?」
突然、僕はそう言った。
「はい?」
「僕は浴衣似合いますかね?僕、自分がどんな物が似合うとか全然わかんないから…」
なぜか急に聞きたくなって仕方なくなったのだ。
彼女は少し黙ってから口を開いた。
「…うん。似合いますよ。きっと」
「本当ですか?」
「はい。今、頭の中でイメージしました。私たち2人とも浴衣似合います。大丈夫です」
彼女は妙に自信を持ってそう言った。
「悠介さん、凄く優しい目をしていて日本人らしいですよ」
たぶん外人のイメージだと日本人は気弱に見られていると思うのだが…
しかし、それでも僕は彼女の誉め言葉に本気で嬉しくなってしまった。
「サヤカさん優しいですね。僕こんなに恥ずかしい事言われたのたぶん初めてですよ?」
僕はなんとか平常心を保って、前に彼女が言った言葉をそのまま言い返してやった。
「それ、昨日の仕返しですか?そんな事言われても私、ちっとも恥ずかしくないですからね」
彼女はいつもの調子でクスクスと笑いながら言う。やはり彼女は強い…彼女の様な女性を小悪魔と言うのだろうか。
「でも本当に私、悠介さん好きですよ。顔もタイプだし…何より…誰に対しても優しい所」
僕の顔はヤカンの様に熱くなってしまった。
「悠介さん顔赤いですよ。私の勝ちですね」
僕は彼女との誉め合いに敗れてしまった。しかし気分は悪くない。
―――僕らは腕を組みながら家へ向かって歩く
「サヤカさんのご両親はどんな方なんですか?」
「いたって普通ですよ。お父さんは普通のサラリーマン、お母さんは午前中はスーパーでパート。私、一人っ子なんで、それほど生活にも困りませんし。今は私一人暮らしですけどね」
彼女はそう説明した後「悠介さんは?」と聞いた。
「ウチは知っての通り、親父はほとんど家にいないし、母親は僕が小学生の時に事故で亡くなってますから、お手伝いさんが家族みたいなものですね」
彼女は反射的に質問を返したからだろう。僕の母親が他界してるのを忘れていたようだ。
「あ…すいません…私、お母様の事、つい忘れてしまって…こんな事聞いてしまって…」
さすがに彼女もこの時ばかりは小悪魔の様な笑いは無かった。
「気にしてませんよ。もう何年も前の事ですから」
「じゃあ、私も家族として認められるように頑張ります」
彼女は切り替えが早い。
「じゃあ、私はここで」
家の門に到着すると、彼女はそう言った。
「あ、はい。帰り道気を付けてくださいね」
「悠介さんの方こそ」
「僕は門から玄関まで歩くだけですけど…」
「いえ。園山家のお庭は広いですから」
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