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オンナ怖い 作者:かつまた

最終回   1
オンナ怖い

 オンナ怖い。オンナ怖い。俺はガキの時分から、オンナってやつだけがどうしても駄目なんだ。例えば、道を歩いているとしよう。ふと見やると、向こうからオンナがやって来るではないか。俺は怖気を震わせながらも、何とか上手くやり過ごそうと試みる。しかし、結局は無駄な努力というもの。すれ違った瞬間のくすくす笑い。ちらと目が合った途端の嘲るような視線。どうしてオンナという生き物は、ああも他人を自分のレールに引き込むような芸当をいとも容易くやってのけるのだろうか。俺にはさっぱり分からない。そして考えるだに恐ろしい。日増しに募る恐怖は、俺の許容範囲をとっくの昔に突破してしまって、寝ても覚めても脳裏に張り付く悪夢の様相だ。ああ、きっと明日はもっと恐ろしいに違いない。
 オンナ怖い。オンナ怖い。授業中は全ての視線が黒板に注がれて、俺はやっと安堵の溜息を吐くのだが、どっこい教師はオンナばかりで、俺の挙動を気味悪がってはあれやこれやと授業態度をなじってくる。話し掛けられた日にはもう、半身狂乱の体で押し黙り、机の下では膝がガクガクと別の意思をもったみたいに暴れ出す。射竦められたまま時間は止まってしまうのだが、余りに哀れな失禁寸前の紅潮顔をもって、オンナ教師に懇願の眼差しを送り続けると、ようやくそいつは盲人いじめに飽きた子供みたいに、踵を返して去っていく。俺は教室中の嘲りの声を聞きながら、何度も心のうちでオンナに対する呪いの言葉を繰り返すのだ。
オンナ怖い。オンナ怖い。全くもって、やつらの暴力性は男の比ではなくて、一旦ターゲットにされたが最後、執拗に、粘着的に攻撃は繰り返される。それは男の場合のように、もっぱら相手を蹴散らすのが目的ではないから、時には暇を持て余すがゆえ、時には完全なる自己愛撫の延長として、手を変え品を変え津波のごとく押し寄せて来る。そして第三者が介入してきたときの態度。凄まじいまでの変貌ぶり。知らぬ存ぜぬを決め込む時の、あの醜悪極まる面持ちを見よ。鼻はピクピク、目はパチパチ、世界を欺く大悪党もさもありなんといったところ。そして、口を開けば被害妄想。女尊男卑。自分に不利な言動は、一瞬のうちに己が記憶から消し去る能力を有しているらしく、そんな時は決まって俺にこう言い放つ。
「コイツ。キモイ。シネバイイノニ。」
 おお怖い、おお怖い。もはや一般論に引き上げるまでもなく、俺は自らの持つ正当防衛権を行使する可能性について、真剣に思いを巡らさずにいられない。
 オンナ怖い。オンナ怖い。時は矢のように過ぎ去っていく。俺は地獄の学生生活をやっとの思いで切り抜けたが、そこに待っていたのは更なる苦行の日々だった。就職先は魑魅魍魎跋扈す町の工場。表面上は男女平等を掲げているが、一歩足を踏み入れれば男は役畜扱いで、気に入らなければ辞めてもらって結構ときたもんだ。しかし、オンナは知ってやがる。本質的に自分たちは血の涙を流すまで労働する必要はなく、男の尻に鞭を打っていれば良いのだと。そして、口を開けば男女平等。俺はついに末期症状を手に入れて、実際問題、矛盾の発露を探す段に入った。それがますますの挙動を生むようで、オンナはいつものようにくすくす笑いをしながら、無言の礫を投げてくる。調子に乗って、男をからかいがてら、品定めを始める大馬鹿者まで出てくる始末。まったくもって、本末転倒とはこの事である。よって候補には事欠かなかったのだが、念には念を入れて、通勤途中に、買い物帰りに、俺は俺よりも弱いオンナを求めて彷徨った。
 オンナ怖い!オンナ怖い!そして、とうとうその瞬間がやって来る。白昼の田舎道にドウジョが一人。そいつさえも、俺を見るなり、例のくすくす笑いを始めやがった。オンナは一瞬にして、侮蔑すべき対象を選り分けるのだ。そいつもどこかで、男女平等の愚論を吹き込まれたらしく、鎖に繋がれた老獅子の行動範囲を探るようにして、ゆっくりと俺に近づいてきた。今や、暴力という選択肢は、オンナの専売特許だとでも思っているのか。どんなに蹂躙しようとも、男は決して反撃をしてはならぬと憲法には明記してあり、昨今の学校教育では、教師が道徳の時間にそれらを触れ回っていると聞く。しかもその授業は、オンナが男に拳骨を食らわせておきながら、体力の差に鑑み、忍耐すべきだという理解不能の俗論とワンセットなのである。
 オンナ怖い?オンナ怖い?さあ、今こそリスクの清算をしてもらおうではないか。例の如く、千枚通しのような一瞥を受けて、やはり動揺を隠せず二三歩後退を余儀なくされた。だが、懸命の勇気を振り絞ってカッターナイフを手に取り、南無三、俺は見ず知らずのオンナ目掛けて、とうとう先の正当防衛権を行使したのである。
 どこからともなく現れた警察官たちに、俺はその場で取り押さえられた。しかし、偶然か比率の問題か分からぬが、それらの警察官が全員男だったので、俺は安心して全身の力を抜く事が出来たというわけだ。警察官が怪訝な表情で俺に問いかける。
「お前の話は嘘っぱちだ。お前は本当は何が怖いんだ?」
 俺はここぞとばかりに言ってやった。
「へーへー、今度は刑法第三十九条一項が怖い。」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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