ついに怒髪天を貫き、俺はテレビに宣戦布告した。道化としての目的であるし、手段としての俺である。 討論番組の生放送が進行しているスタジオに闖入し、白髪の司会者に躍りかかった。咄嗟に割って入る大学教授の胸ぐらを掴み、後方へ打っちゃると、慌てて俺を取り押さえようと駆け寄ってきたADらを、極めて粗野になぎ倒す。それを見ていた中年の社会学者が、黄色い声とはとても言いがたい、間抜けな胴間声を上げながら横に飛び退き、ゴキブリでも避けるような足元のおぼつかなさを、拳銃を突きつけられた阿波の踊り子さながら、二三歩衆目に晒したと思うや、自らのハイヒールに屈して前のめりに倒れ込み、両手の先に施されたネールアートを守らんとして、己の顔面を反故にした。 先発隊の活躍が不調に終わると、スタジオ内が一瞬の沈黙に包まれる。俺の背後には巨大な液晶ディスプレイと、討論の議題である「少年犯罪と公教育」の文字。積み上げられたADの山を塹壕代わりに、手を出しかねているスタッフを牽制しつつ、出演者用にと、テーブルに設置してあったマイクを引っこ抜き、いまだ呆然と席に座ったまま動けないでいる、残りの論客たちに向けて発声した。 「問題の本質は、如何に主客をセパレイトするかにある。つまりは、どこまでを許して、どこからを許さないのか、定義を明確にする事です。この際、子供の意見は尊重されるべきなのでしょうか?親の悪影響下にある子供に、自分の人生を正しく導く能力があるのか、私には疑問なのです。」 鼻血を流しながらも、社会学者が再び席に戻るなり、俺を睨み据えて言った。 「社会通念に鑑みて、という言葉がある。社会通念は、世の善良なる構成員たちによって決められるのであって、これらの構成員は社会の底辺の問題に対して徹底的に疎い。それはむしろ、全体の健全性を示している事にはなるのだけれど、こと問題の定義づけとなると、どうにも頼りない印象を受けるのです。裕福な画家に、地獄の絵など描けるのでしょうか?」 「そう。裁くのはプロだ。しかし、物差しはアマチュアが作る。バランスの後追いでは困るのです。」 腰を手で押さえながら、今覚醒したばかりの大学教授が発言した。楕円形の大きなテーブルには、ドーナツ状の穴が開いており、そこにはそれぞれの出演者のための、モニター画面が仕掛けられている。俺の後頭部越しに、評論家らしき男が挙手をし、次第に拡大されていく自分の姿を目の隅で確認しながら、俺の背後に控えるカメラに向かって語り始めた。 「例えば被虐者に、人を愛せと教育する。しかし、これは被虐者の心には響かない。何故なら、彼もしくは彼女は、今もって誰にも愛されていない。愛を惹起する術を知らないのです。」 「人間には愛が必要だなんていった日には、その被虐者を直接否定する事になる。」 「だからといって加虐者を槍玉にあげるのは禁物ですわ。その子の背景を、その子の目の前で、切り捨てる結果になりかねないですから。」 「とどのつまりが、如何に主客をセパレイトするかなのです。旧環境から媒体を切り離して、新たな主体を構築しなければならない。その機会を与えぬまま、犯罪者予備軍を再生産し続けておいて、何のための公教育でしょうか。いったい今の現場に、親の明らかに間違った子供へのアプローチを、拒む力が与えられているのですか?間違ったアプローチを受けて育った子供を、将来において隔絶する前に、眼前のアプローチを止めさせなさい。」 「社会通念に鑑みて、間違ったアプローチというのは、どういうものなんでしょうね?」 「この際、地獄の絵は、地獄の住人に描かせてみてはどうでしょう?」 「ただ、もう、子供を愛していない親なんていないっていうセリフは、聞きたくないですね。そんな言葉を口にする人は、被虐者の墓前で、愛ゆえに殺されたんだとでも、言うつもりなんでしょうか?」 議論が壁に打ち当たると、静まり返ったスタジオの中で、誰かが大声を発した。振り向くと、客席の端で、加虐者が何やら喚き散らしているようだ。全ての濁音を組み合わせたような論理で、被虐者以外の人間にはとても伝わりそうにない。しかし、俺には伝わってくるぞ。何万回、何億年、聞き続けても、決して伝わらないという事実が、嫌というほど伝わってくるぞ。 だから逃げる。 荘厳然と装飾されたセットを取り囲むようにして、相当高価なものに違いない撮影機材が、扇状に配置されている。それらの間を大海に仕掛けられた魚網みたいに、数限りない配線の類が絡まり合いながら伸びていき、今にも足元をすくわれそうな俺たちに、諦念という言葉がもたらすであろう救済の様相を知らしめた。 俺はその中心でまっすぐこちらを正視していた、一台のカメラに向かってダイブする。レンズの奥に広がっているはずの、すこぶる思わせぶりなカラス色の現実世界ごと、あるいは凸面に集まった光が反射して映した、周囲の虚構が寄り集まって見せた景色のごと、俺をそのまま飲み込んでしまえるだけの逃亡性に託ちて、ただ過去が未来に対して所有している、必然的な推進力に囚われんと欲し、利き手を突き出しチャンネルを操作した。 即ちここは、トレンディードラマの収録現場なのである。 開放感に満ちた近代的な建物が密集する、都市の再開発地域において、人々がビジネス街の眺望に退屈と倦労を覚え始めた頃、ある著名な建築士が、マクロには反論を、ミクロには協調を与えんとして設計した、驚天動地の懐古物こそ、今回のドラマの舞台である。 スタートの合図と共に二台のカメラが動き出し、片方は全体を、もう片方はアップを狙うべく、それぞれが被写体にピントを合わせた。女優は勤務時間中にも関わらず、屋上のベンチに座って惰眠を貪っている。L字型のシリコンプロテーゼが、鼻先で太陽の光に照らされて直角に浮き彫りとなり、同時に口を開け空気の出し入れを行う様が何とも悩ましげだ。俺はバラの花束を抱えて背後から近づいて行くと、肩越しにそっと顔を覗き込み、深海魚のような寝顔をつぶさに観察した。 「おっと、待たれい。」 知らない男が登場してくる。俺は大げさに驚いて目を瞬かせ、新たな登場人物の正体を確かめようと、得体の知れない男の方に近づいていった。そのまま結婚式場に行けそうな白いタキシードに、ピンク色のネクタイをして、周囲の風景に、鳥獣戯画のごとく溶け込んでいる。 「彼女は僕とニューヨークに行くんだ。今更、君の出る幕ではない。」 俺は少なからず混乱して、それぞれの登場人物に与えられた役割を思い出そうと、中指を額に押し当てて考えた。しかし、脚本どころか設定さえ決まっていないドラマの中で、俺一人がどんなにもがき苦しもうと、結局は他の演者の言動に従って、二次的な対応に終始せざるを得ない。 気が付くと女優が、俺と男の間に立っている。目に涙を浮かべ、ちょっと風が吹いただけでもその場に泣き崩れてしまいそうなほど取り乱しつつも、俺と男を結ぶ直線のちょうど中心から、いま二等辺三角形の頂点となるべく、ゆっくりと後ずさりを始めた。 「嫌よ!私のために二人が争うなんて。二人とも私を愛してくれているんですもの、どちらか一人なんて選べないわ。」 その瞬間、雷のような衝撃が脳髄を走り、俺は全てを悟ったのである。男が口を開く。 「真実の愛は一つきりだよ。僕が世界中の誰よりも君を愛している事を、君は知っているくせに。」 「そうね。あなたはいつでも優しい言葉をかけてくれる。それでも私は何故か、悲しみを抑え切れない。それはあなたの言動が、いつも食い違っているから。」 女は俯き躊躇う。 「騙されるな!そいつは暴力漢だぞ!君はもう既に、何度となく傷付いているはずだ!過ちを繰り返してはいけない!」 俺はこの二人を始めて見たし、口を挟む何のいわれもなかったが、愛が俺を必要としているのだと感じて、叫ばずにはいられなかった。 「どっち?私を愛してくれるのはどっち?」 「勿論、僕だ。当たり前じゃないか。」 「そいつは未来において、君に苦しみをもたらすぞ!」 女優が男の方に一歩近づいた。劣性のようだ。確かに、彼女の選択基準と、男の主張と、俺の意見を総合推断してみると、彼女は男の元に行かざるを得ない。それが、彼女の本意ではなかったとしてもだ。果たして、愛とは執着なのだろうか?より執着する方を選ぶのだとすれば、暴力漢も肯定されうる。では、何故あの女優は、15年後にさも自分が裏切られたような顔をして、俺を罵るのか? 女優は、心からの純粋さを持って嗚咽した。15年後の似非被害者は、現時点ではヒロインなのだ。男がまくし立てる。 「一緒に歩いていこう。君無しの未来なんて有り得ないし、そんなものは見たくもない。僕の本当の気持ちを、受け止めてくれ。」 「口先だけだ!信じるな!」 俺も負けずに反論すると、女優が俺の方に向き直った。 「分かるわ。あなたの意見は良く分かるの。でも、問題は、最も私を見ていてくれる人は誰かっていう事。あなたに、私を愛する意思はあるの?」 痛いところを突かれる。俺は一般論の域を出られない。 「くそ!無いよ、そんなものは。君は阿呆だ。愛するに値しない。」 「決まりだな。」 「決まりね。」 答えが出たらしい。俺はもう、全身の緊張を解いて、後は成り行きに任せるべく、惰性で喋った。おりしも大空を灰色の雨雲が覆い始め、徐々に勢力を奪われていく晴天の領域が、自然の業というものを俺に教えてくれているようだ。俺は女優に言った。 「15年後に被害者ぶるなよ……。」 「……、被害者ぶるわよ。それでも私は、今を選ぶ。」 女優が俺を睨み付ける。結局、確信犯なのだ。救いようがないではないか。 男が女優の元へ走り寄って、二人は強く抱き合う。互いのそれを確認するように、見つめ合い、口づけを交わす。さて、俺は負けたわけでもないし、悔しくもないのだが、心の底から憤りを覚えた。全ての諸悪の根源は、下らない時間の隔たりなのである。既に時効が成立した後に、生傷が露呈したところで、誰も何も出来はしないのだ。なるほど。学習した。誰も何も出来はしないという事を学習した。これは非常に重要な事実だ。 二人が手を取り合って、屋上の際めがけて走り出した。その先にフェンスはない。 「さようなら。15年後にまた会いましょう。」 「君はなかなかの好敵手だったぞ。君となら良い喧嘩が出来そうだ。」 二人は、驚天動地の懐古物から飛び降りた。何も無い屋上の延長線上を、ずっと走っていられるかのような仕草で、前を向いたまま飛び出して、俺の視界から消えて無くなった。 暫し呆然と立ちすくむ。雨が降り出して、酷く惨めな気分だ。俺は屋上から階下へ続く、階段に通ずる扉に向かって歩き出した。変えられないものをただ確認していく作業は、結局何の影響も及ぼし得ないにも関わらず、大変な苦労を要する。しかし、まあ、変えられないものを、変えられるかのようにうそぶく心痛に比べれば、まだマシなのかも知れない。 沈潜を脱すると、視界の隅に、カメラのフレームが俺を捉えているのを捉える。扉まであと5メートルだ。俺は急に恥ずかしくなって、合わせて人を見るという行為がとてつもなく下品なものに思われてきた。他人との差異を嫌というほど見せ付けられると、同時に我々が本質的に平等であるなどと言う輩が憎らしくなってくる。トラウマがプライドと癒着して、手を差し伸べられると歯がゆい。 俺は居た堪れず、扉を開けて、カメラから身を隠した。そこは世間の張りぼての裏側で、多くの落伍者たちが小さな縄張りを作って、細々と生きている。階段を降りながら、どこか空いている場所に腰を下ろそうと、きょろきょろ辺りを見回しながら進んでいった。 階段の端の方にかたまって、雑誌に目を伏せたり、新聞で顔を覆ったり、まるで部外者に対して無抵抗ではあるが、沈黙のうちに抗議を行っているような雰囲気である。誰に接しても仲間意識を持たないという、独行の認識を共有するのも、なかなか難しいようだ。 「おっと。」 捨てられているのか、置かれているのか、恐らくどちらとも主張できるようにであろう、中途半端な場所にあったジュースの缶を蹴り飛ばしそうになり、思わず声を出してしまった。しかし、その横に座っている20代後半と思しき女は、階段の側壁の手前の、何もない中空を見据えたまま、微動だにしない。話しかけるな、という事だろうか。俺は気まずくなって、足早にそこを通り過ぎた。 階段をひたすら下り続けて、果たして今自分は何階にいるのか、分からなくなってしまう。壁に表示もないから、いつまで経ってもたどり着ける気がしない。何十時間も、何百日も落ちているような錯覚に囚われて、何でもいいからそこにある扉を開けたい誘惑にかられたり、もういい加減座ってしまってもいいのではないかと、勝手な承諾を自分に与えてしまいそうになったり、挙句の果てに何故階段を降りているのかを忘れてしまって、歩んでいる自分を嘲笑する始末だ。何でもいいからこの状況を逃れたい。一人で耐えるのはもう嫌だ。俺は瞬間的に弱くなってしまって、多分暫く経つと、またどうにか自分をコントロール出来るようになるのを知ってはいたのだけれど、今回に限って駄目になる事に決めた。 そこにあった扉を、ただ無造作に開ける。フラッシュのような外界の光。テレビ局で使用されるような、大型のカメラが目に飛び込んできた。大勢の人だかりである。遠くの方から電車のやってくる音がして、ここが地下鉄の駅である事を知った。レポーターの女がぺっぺと唾を吐き出しながら、盛んに実況中継をしている。俺は人ごみに揉まれて、野次馬の最前列に押し出された。人質と出刃包丁を持たされて、バラエティー番組のコントみたいだ。 「武器を捨てて投降しなさーい。お前は完全に包囲されてるんだぞ。」 それではまるで煽っているような言い方じゃないか。俺には、他人の胸のうちを測る能力が欠如していて、指図されればされるほど、盲人のように狼狽するばかりで、本当にすべき行動が見当できないのだ。 俺の腕の中には、哀れ人質となった幼い少年が笑っている。特に主張も目的もないので、当面の課題は、この状況を一秒でも長く維持する事だろう。俺と人質は、プラットホームの端に陣地を造って、そこから15メートル向こうに警察が、そのまた向こうに野次馬が控えるといった構図をつくり出す。あまり良くない目を細めて、野次馬たちの表情を観察すると、くすくす笑っている女子高生やら、携帯電話の写メールを撮っているサラリーマンやら、皆物珍しそうにこちらを見ているので、自分の振る舞いが滑稽なのではないかと勘ぐってしまう。 「俺、何か変かな?」 人質の少年に訊ねた。 「いや、別におかしくないよ。」 客観的な意見を得て、俄然主体が湧いてきた。 「おーい、君の両親を連れてきたぞー。親を悲しませるんじゃなーい。」 警察が叫ぶ。授業参観の時みたいに、恥ずかしくなってきた。 「お願いですから、息子を傷つけないで下さい。その子は、私の宝なんです。」 母親が泣きながら訴える。 「そうだ!俺のおもちゃを取るんじゃない!」 父親が、俺の心配していた通り、まずい言葉を吐いてしまって、構内中がどっと笑いに包まれる。世間に対して、家庭の内情を露呈する振る舞いほど、恥辱を誘うものはない。俺も負けじと叫び返す。 「うるさい!こいつがどうなってもいいのか!」 見ると人質は、子供の頃の俺だ。 「お兄ちゃん、助けてくれよ。僕、あいつら嫌いなんだ。」 少年がそっと耳打ちする。どんどん肩の荷が重くなってきた。 「その子には何の罪もないんです。今にきっと、苦境を乗り越えて、自立してくれるはずなんです。」 少年の母親、つまり俺の母親が主観を披露した。随分勝手な予想を立てるもんだ。俺は意地悪な質問をしてみる。 「では、何故今、少年を暴力から救い出さない。あなたには離婚権というものがある。最終的な決断が出来るのはあなただけだ。」 母親はちょっと困った。 「そ、そんな事しなくても、その子は立派に成長するわ。」 「そういう逃げ口上を続けるなら、この少年は将来において、反逆権を行使せざるを得ない。」 「私は信じてます。私が現状に甘んじようと、その子は必ず困難に耐えつつ、正しい道を学ぶはず。」 良く考えると、論理矛盾を来たした主張である事が、容易に判断できる。駄目だ。説得不能だ。俺はさじを投げかける。すると少年が俺の手を握り、まだ諦めるなと言った。俺は少年から指南を受けて、今度は直接父親と対峙する作戦に出た。それにしても、同じ主体であるにも関わらず、少年の崇高なる意志は俺の比ではない。渦中の人は、これほどまでに強いのか。 勿論、俺にとっても元加逆者であるから、相当の緊張を強いられるが、昔の俺の手前である、覚悟を決めるしかない。 「えー、あなたは犯罪者です。今すぐ考えを改めなさい。人権蹂躙の罪は地球よりも重い。現状は弱者であっても、必ずあなたの体力を超える日が来るのです。今のうちに、正しい方向に修正しておかないと、大変な目に会いますよ。この子は既に、あなたを殺したがっています。」 父親が身振り手振りを加えながら、ジャングルジムの大将みたいにがなり立てる。 「でたらめを言うな!その子は、俺が厳しく育てているんだ。きっと、俺みたいな強い男になるぞ!」 反論しようとする俺を制して、少年が口を開き、俺の意見に相異ない事を告げた。 「ちくしょう!俺の子供をマインドコントロールしやがって!とんでもない大悪党だ!」 鉄壁の阿呆である。こちらの主観がまったく通用しない。 「僕はマインドコントロールなんかされてない!本当に僕は、お前が憎いんだ!」 ついに少年が強行な自我を表出した。俺でもびっくりするような勇気を、よくもまあ小さな体に、隠し持っていたもんだ。 「ナンダト、クソガキ!コロスゾ、ワレー!」 案の定、父親は壊れた。警察に掴みかかり、取り押さえられる。フンガフンガと、サルみたいな鼻息を上げて、自らの幼児性を拳に込めるのだ。 結局、事態は悪化するばかり。作戦は失敗のうちに終わるしかないのだろうか。俺はもはや、全ての方法をやり尽くして、途方に暮れてしまう。俺は脱出する日を夢見ながら、今までの理不尽を耐えてきたが、自分を救えない上に犯人扱いをされて、どうにか眼前の壁を動かしてやろうという気力すらなくなった。もう無理だ。何をやっても無駄だ。 警察による突入が始まったらしい。目隠しをされた世間が、犯人を捕らえるべく、こちらに向かって突進してきた。ジ、エンドだ。ゲームオーバーだ。構内中がどっと笑いに包まれる。 「ちくしょう!全ての被虐者よ!反逆権を行使されたし!一人の人権も守れないような世間に、法律など考慮して臨む必要なし!」 すると少年が俺を見て悲しそうな顔を浮かべ、前言を拭って撤回した。そんな事をしたら、俺たちは滅びてしまうぞ。それでいいのか?昔の俺は答えない。俺は少年に出刃包丁を突き立てた。すると、俺の腹から大量の血液が噴出す。少年は辛くも死に損なって俺の手を離れ、向こう側で父親に殴打された。 俺はその場に倒れこみ、薄れゆく周囲の景色の中で、やはり少年の未来を案じたし、出来るなら助かって欲しいし、それが無理である事も知っていた。 「良かったわ。私のかわいい坊や。」 母親が、父親から少年をかばうように抱きすくめる。いや、ただの偶然かもしれない。俺にはさっぱり分からないのだ。人質は解放され、再び自由を失った。なに、もう暫くの辛抱だ。俺は死にながらも、いつか死ぬ日をこいねがい、今死にゆく俺の顔を眺めていた。 カメラがズームアウトする。観客たちが席を立つ。リポーターはマイクを手に、滑稽な畢竟芝居を締めくくった。 「以上、現場からでした。それではスタジオにお返しします。」
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