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吉野彷徨(U)若き妃の章 作者:ゲン ヒデ

第5回    山辺の道にて
 三輪山麓の墓参りを終え、二人の男が、山辺の道を、飛鳥へと南へ帰っている。
 一人は年若い新羅僧・道行、もう一人は、百済の人質の、豊璋に仕える壮年の家来・徳執得という。学がある豊璋は、百済との良好さもあり、人質というよりも、朝廷では信頼される高官になっている。

 近くで鶯が鳴き、うららかな日差しの野山の景色が遠く広がっている。大池に包まれた前方後円墳の横を通りながら、 僧が、
「徳さま、この陵は、どなたのお墓ですか」
「御間城入彦(みまきいりひこ・崇神天皇)大王だと言われているがね」
「この国は、その王の頃から強国でしたねえ。この国が無かったなら、半島の統一は、既に出来ていたかも。この国と漢土に挟まれて、新羅は不運でしたなあ」
「だが、もう少しの辛抱だ。百済、高句麗はかならず併合できる」
「ですが、唐の力を借りるとなると、後々やっかいでしょうなあ」
「王は、年数がかかろうが、唐を上手く半島から追い出せる策を、練り上げておられる。それより我が役目だ。王からの指示はきつい、『オリュプタ、オリュプタ 』(難しい、 難しい)だ」
「大和は、百済の王の後釜に、豊璋を後押ししますか」
「おそらくそうするな。白浜への行幸では、密かに高句麗との秘密の約定が行われたが……万一、百済が滅んだら大和が再興させる、という条項がある。それを伝え聞いて、豊璋が期待しておる。幼いときから日本で育ち、いまさら祖国の王になどと……愚かな主人よ」
「では、百済で、ご主人と現地の者たちとの仲を裂くのは、出来るでしょうな」
「アア、あの主人なら、何とか出来よう。だが、女帝の毒殺はなあ。生活の井戸に、授かった毒片を入れろとは……何とか機会があればいいが」
「半島出兵が決まったらの話ですよ。ですがなぜ、王(新羅の武烈王)はこの国の女帝を怖れるのでしょうねえ」
「未来を知る女帝の力を、怖れているみたいだ。豊璋から聞いた話だが……」

 新羅の武烈王は、大化三年(六四七)外交官として日本へ来た。退位した皇極(斉明)女帝の許へ表敬訪問をしたとき、介添え人として少年の豊璋が付きそった。
 平伏した二人が顔を上げると、急に女帝は神懸かりになり、
(新羅の王と百済の王が、共に来ておる。奇遇じゃ!奇遇じゃ!)
と、大声を上げた。で、すぐに夢から覚めた風情になり、
(ああ、失礼な振る舞いをして、申し訳ない。また妄想がまた出ましてなあ)
と言い、神懸かりで出した涙を拭いた。

「王が即位すると、予測していたんでしょう」
「いや、あの頃はまだ有力な後継候補ではなかったらしい。王の配下の父がなんとか、豊璋の従者に入り込んだ時だが、後に王が即位した時、知って父は驚いたくらいだ」
「未来を読めるとなると、豊璋も百済王になりますが……」
「そんなことが起こらず、わしは、おだやかにやかに、この国で一生を送りたい」
「ですが、百済での功績があれば、貴族に列せられ、一生安泰ですよ」
「例え、そうなっても、わしは新羅語を話せぬ。一から学ぶのは辛い」
 この男は、日本での親の代からの草忍であった。
 
 僧が、後ろを振りかえらず
「徳さま、後を付けている者が……」
「ああ、ずっと、付けてきている。あの小僧の主人・大海人皇子の配下の忍びだろう。もう会われぬなあ。道行よ、連絡(つなぎ)の役は止めて、どこか……」
 考え込み、
「近いうちに、大海人が、間者仲間の船大工を東国に連れて行くが、それに同行しろ。諜者は止め、東国の寺の僧として生きるがよい」
「お役ご免ですか、やれやれですなあ。東国か、そこで我が夢を調べますかな」
「夢?」
「我が家に伝わる、出雲の財宝探しですよ」
「出雲の財宝?東国とどんな関係があるのだ」
「まあ、この国の言い伝えを考えると、その宝の地図が東国にあるとにらんでいますが」
「出雲の国に宝物? 金銀、珊瑚、翡翠、瑪瑙、なぞ あそこには……、何だね」
「よく分からないので、ですから、夢ですよ」
 希望に満ちた表情の僧に、男は呆れ顔をした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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