やがて、宴が終わる頃、斉明女帝が、宴席でたたずんでいる倭姫を首指し 「義母さま、来月早々、古市を慰めに、倭姫とともに、吉野の宮に行きますが、ご一緒しませんか」 ……中大兄皇子の三十歳の正妻・倭姫は古市大兄皇子の娘である。王族の和のための、叔父と姪の政略結婚が行われたが、吉野の宮の地で父が殺れてから、生きたしかばねのようなありさまであった。……
彼女に少しでも、元気になってもらいたいので、斉明は離宮造りの貢献者たちへの褒賞も兼ねて、仏教の二十三回忌にあたる慰霊の行幸を思い立ったのである。 糠手皇女は疲れた表情で 「吉野か。この歳ではきついから、遠慮しとこう」 ふいに思い出して 「そういえば、天照大神は、伊勢に祀られておろう。大昔、宮中で祟りがあるとか言われ、お祀り出来なくて、あちこちにお移りになり、妾の母方の、はるかな曾祖父が、伊勢の宮に迎えたらしいが、参詣かたがたあの国を見たかったが、果たせなかったのう。神殿修復の祝いの五月の参詣を言ってきているが、あの地にも参ってくれぬか」 「いろいろな職務が詰まっていて……」道教に凝っていた斉明は、神道を避けていた。 「空けられないのか」糠手皇女が問えば、 「阿倍比羅夫の蝦夷遠征に、諸国を支援させるため、色々と動かねば……。おう、そうじゃ! 大海人が、東国へ百済の船大工を連れてゆくが、讃良、大海人と一緒に伊勢の宮へ代参してくれぬか」 「おお、それがいい。我がひ孫が参れば、天照大神は、お喜びくださる。讃良や、頼む」 讃良は、嫌そうな顔をしたが、糠手皇女のたっての頼みに、同意する。 大祖母は、付け加えた。 「ああ、それから天照大神さまはな、嫉妬の強い神様じゃから、行く道中では、清くしておれ」 「清くって?」 「三日間、大海人としたであろう。あれは、だめじゃ。大海人もじゃ」 ふーんとした表情の讃良。讃良の横の太田皇女が 「讃良は、いいとして、皇子さまには、苦痛でしょうねえ。身悶えするんじゃないの」皆が笑った。 讃良との妻問い婚の数日前、大海人は、太田を満足するよう精力的に営んだのである。それで妊娠し、翌年、産まれる子は、大伯皇女(おおくのひめみこ)であるが……。
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