■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

吉野彷徨(U)若き妃の章 作者:ゲン ヒデ

第13回   新羅の草忍たち
 大海人らが神宮に参詣しているとき、百済系の船大工らと新羅僧・道行らは、先に二見浦で待っていた。
 案内の大海人の従者の目から離れ、二人の男が舟小屋の陰で、にぎり飯を食べている。後世の名所、夫婦岩も望める、海を眺めていた老人が、道行に話しかける。この男、少年の頃、百済で船大工の元に入り込み、中年になってから日本へ来た、新羅の草忍である。
「道行よ、あの姫をどう思う?」
「どうとは?」

「いやな……」老人は、讃良が描いた大阪城の絵のことを話した。
 斉明帝が、豊璋に、この様な城が百済の技術で出来ぬか諮問したとき、徳執得がこの老人を呼んだ。
「呼ばれた匠らは、口々に造るのは不可能だといったがな」
「ああ、わたしも、執得さまから写しを渡され、新羅へ送りましたな。それこそ、絵空事の城ですなあ」僧は笑った。
「女帝の話では、千年後の城だそうだ。わしは、描かれた石垣の隅に注目した。長方形に整えた石を交互に組んで積み上げているが、あれなら石垣は崩れまい。素晴らしい工夫だ。だが、あの様な形のを、途方もなく大量に作るとなると……」
「ああそれで、女帝は、その技術を得たいがため、石の建造物作りの道楽をなさったのですな」

「だろう。で絵を描いた鵜野の讃良姫だが……女帝と同じく予言の力を持っている、と思うか。道中では、お前と親しげに話をしていたが……」
「ちょっとした笑い話に笑い転げる、普通の少女ですなあ。神懸かりねえ?」
 彼らは、伊勢神宮へ参詣する讃良を見ていなかった。
「だろうな。考え過ぎか」

 老人、話題をかえ
「草薙の剣のことだが、大海人の家来に取り入って、剣を盗み出すのを協力させるのだ。盗み出した剣は、大海人に与えろ。何年か先だろうがな」
「剣を大海人に! なぜ?」
「大海人は、あの晩、考え事をしていた。剣を欲したのだろう。あの男、出生が奇妙なのだ。ひょっとしたら、王族ではないかも……」百済系の者らの話に、つじつまが遭わないことに気づいたのである。
「とにかく、あの男、剣を得たら大王になりたがり、争乱を起こす、とわしは読んだ。大和が混乱すればするほど、新羅には好都合だ」

 大海人一行が来たとの知らせが来ると、二人は話を止めた

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections