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吉野彷徨(Ⅱ)若き妃の章 作者:ゲン ヒデ

第11回    清く美しく
飛鳥の宮を出てから、6日目に一行は、神宮の北、五里ばかりの所の宿舎に泊まった。村長(むらおさ)の家敷が提供されたのである。後に斎宮の地になる。
 一つの棟に讃良だけが、巫女たちの世話をうけて、寝起きする。潔斎を受けているのである。
 大海人が当てられた宿舎に誌斐が来て、姫と引き離された愚痴を言うと、大海人、
「しばらくの我慢だ。讃良は、世話をする巫女らに、素っ裸にされて、禊ぎの沐浴をし、神服を着せられるそうだ。神前では俗世のものは一切だめ、という話だ」
 話し終え、ぽつりと
「わしも、十日以上、清くしておる」
 うんざりした表情の大海人を見て、世話役の伊勢国司の息子・三宅石床、にやにやし、
「皇子さまがたも、お参りの前に、五十鈴川で禊ぎをしていただきますが」
「そうか、わしは、さらに清く美しくなるか。水も滴るいい男だな」
 おどけた口調に、皆が笑う。
「誌斐、そなたも潔斎して、美しくなるか」
「いやですよ、皇子さま、皆の前で禊ぎなど、ここで待っています」
「いや、女人の方は……」国司の息子が言おうとしたが、誌斐はさっさと出ていった。
 
 翌日の早朝、迎えの輿が来るが、讃良が出てくる姿に皆が驚いた。。
 金色の飾りの宝冠をかぶり、表の純白に裏地の朱が見える、巫女の服を着飾る姿は、清楚さにも神性を漂わし、乙女の天女が目の前にいるようであった。
 大海人や誌斐ですら、目をみはり、迎えに来た神官らも、讃良の放つ雰囲気に、思わず深く頭を下げた。
 
 じつは讃良は、先ほどからヨガの呼吸法をしていた。心を落ち着かせるための効果のためだが、ゆっくりとだが、瞑想状態になってゆく。すると、体の中の4代前の先祖、菟名子夫人(うなこのおおとじ)の遺伝子が、眠りから目覚め始めたのである。
 
 神人に担がれた輿は、最初に外宮へ向かう。
 鳥居で待っていた大宮司は、讃良を見て目を見はった。実は、参詣にくる皇女が、間人や倭姫と違い、十五、六の小娘だと聞いて失望していたのである。常人にない神々しさを漂わす讃良に、この世の人ならぬ神秘性を感じた。
 
 先導する大宮司に付きそう形で大海人が歩き、輿が続き、後を従者の者達が続く。
 まづ外宮では、天照神の食事の奉仕をする豊受大御神(とようけおおみかみ)という、食物、穀物を司る女神が祭られている。そこでの祝詞の儀式を、讃良はそつなくこなした。それが終わると、五十鈴川で、大海人らは禊ぎを済ませ、聖域の森の中の内宮への参詣道を、行列は踏み入れた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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