舎人・物部連麻呂は、先帝・天智の殯(もがり)小屋で寝泊まりしている、額田王女を訪れた。 礼拝儀式を終えて、額田は後ろに控える麻呂の方を向いた。 十市から託された食事の盆を受け取り、額田は、 「連(うらじ)よ、知った事を、大殿(大海人)に知らせることに悩んでいるのか?」 「姫さま、判りますか」 「ああ、お前の顔に書いてある」 「陛下は、わたくしのため、色々良くしてくださる。偉い学者らを付けてくだされて、学問をさせてもらい、何かにつけて、わたしを立ててくださる。とても裏切ることは……」 「ならば、そなたは大殿の間者は止め、大友に忠勤をはげみなさい。そのような顔をしていると、危ない。大殿には、わたしから、伝えておきましょう」 「有り難うございます」連麻呂は、頭をさげた。 「だが、大殿と婿どのが争うことが起こると、どちらが勝っても、わたしらには不幸じゃ。骨肉の争いなぞ、起こってもらいたくないが……」 「大殿は起たれましょうか?」 「あの方は、本心は臆病で、穏便に隠退していたいらしいが、配下の多治比嶋らは、大殿が帝になるのを切望しているから、大殿を起たせる画策をしているらしい。この前の大蔵の火事、嶋のしわざではないかと、わたしは思っている」 「では、陛下の即位礼を取り止めさせるために……」 「即位してしまえば、歯向かう大殿(大海人)に大逆の汚名がかかる、と嶋は考えたのでしょう。配下はあちこちに入り込んでいるらしい。ああ、わたしに仕える(柿本猿)も嶋の配下だから、そなたが知らせなくとも、宮中の中の事も筒抜けじゃろうし」 額田は天智の棺を、じっと見つめた。
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