旧暦の八月二十六日、行宮前のススキの原に、台がしつらえ、諸将が大海人のお出ましを待っていた。 呼びに入った高市は、父に言う、 「父上、わたしが代わりに検分しましょうか」 生首を見て、父が発作を起こさないか、心配したのである。 「いや、伊賀(大友帝)に会う」苦渋に満ちた顔をして、大海人は出た。
台に乗せられた包みが開かれ、大友帝の首が現れた。 父の横の高市は、おもわず顔を背けた。敵将とはいえ、年長の竹馬の友だった若者の無惨な有様に、衝撃を受けたのである。だが、大海人は、じっと見つめていた。やがて、天を仰いで、アアと呻いた。涙をこらえて入るようにも見える。しばらくして皆に言う、 「大津の宮近くに稜を造り、伊賀を葬るように」 首が持ち去られて、もたらした大伴吹負に、大海人は訊いた、 「討ち取った者に、どのような報奨をしようか」 吹負は困惑した顔で、 「実は、大友帝付きの舎人がもたらしたので」 「舎人が……、では裏切りか!」驚く大海人に、 「いえ、大友帝は覚悟の自殺……それも……首つりをなされて、その舎人に自分の首を大殿に届けよ、と命じたそうです。」 「首つり!…信じられぬ!」讃良の言葉が的中したのを、驚いたのである。 「いえ、舎人の言うことは本当でしょう。首には、吊った徴がありましたから、間違いなかろうと思います」 「ん、いや、違うことを考えたのだ。……で、その舎人、まさかとは思うが、連麻呂(うらじまろ)とはいわぬか」 「はい、物部の連麻呂と名乗っております」 「おお、生きていてくれたか! 会いたい、すぐ、つれて参れ」 引き連れられた連麻呂が、縄で両手を後ろ手にくくられた姿を見て、大海人は駆けより、刀で縄を切り、抱き寄せて、労(ねぎら)いの言葉をかけた。 「よくぞ、最後まで伊賀に忠勤を励んでくれた。伊賀の代わりにわしも礼を言う」 「いえ、わたしは大殿にとって、裏切り者、処刑される前に、大殿と鵜野の讃良姫に、大友の皇子からの遺言をお伝えしたく、生き恥をさらしております」泣き崩れて言う。 「遺言?どんな……」 「ここでは、……」 「では、中で聞こう」大海人は、連麻呂を抱えるように郡所の中へ入っていった。
この有様を始終見ていた、尾張国司・小子部キチヒは数日後、自殺してしまうのだが、その理由を知っていた連麻呂は、生涯誰にも明かさなかった。 で、中で遺言を聞いた大海人は、涙声で、 「連麻呂、わしに随行して、桑名で待っている讃良にも、同じ事を伝えてくれ」
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