手紙を託した舎人たちがぼちぼち帰ってきて、大海人皇子に報告をする。 5月末頃のことである。蝉の鳴き声が聞こえるなか、一人の舎人の報告を聞き、大海人皇子、 「唐の使者、郭務ソウは、今月末に帰国するのか」 「はい、捕虜引き渡しの対価要求の引き下げで、決着しました。我が国の先帝の喪を考え、新羅との争いの援軍要求は諦めたようです」 「栗隈王(くるくまおう・太宰府長官)は、うまく対応したものよ」 「ですが、その対価支払いの穴埋めで、朝廷は、諸国に新たな貢ぎを要求するとか」 「また、朝廷の人気が悪くなるか、……で、都に戻っていた、 栗隈王の子、えーと」 「大殿が起っても父は朝廷には組みしない覚悟だ、と三野王さまは、打ち明けました」 「中立を守ってくれるか、吉備も中立と言っているとすると、……近江の朝廷は、畿内の国々からだけ兵を集めるか。なんとか助けてくれる伊勢と、我が地盤の美濃だけでは……尾張を味方にし、一丸で対抗できたらなあ」大海人は、ため息をついた。 翌日、舎人、朴井連雄君が、美濃から、帰ってきて、報告に上がる。 「遅かったな」 「申し訳ありません。剣を直して貰うため、足を延ばして、関の鍛冶屋の所へ行きましたが……」 鍛冶の匠は、急に刀の注文が殺到している、と雄君に明かした。 「その者が言うには、先帝の御陵造りに行く人夫らに持たせるのは、鋤、鍬、石工具なのに、何故、刀の注文か、不思議だと言っておりました。帰る途中、念のため尾張の鍛冶屋にも寄りましたが、やはり刀、矢尻、槍先などの注文が、殺到しております。これは、容易ならぬ事態です。朝廷は、御陵造りに名を借りて、大殿を攻める軍勢の準備をしているのに、相違ありません」 大海人は苦悩し、讃良を呼んだ。 大海人は事態の説明をし、怯えた風情で、 「な、讃良、わしは、反乱なぞできる器量もない……どうしたらいい?」 讃良は、姿勢を正し、言い始めた、 「殿、わたくしめは、祖父、田村のスメラミコト(舒明天皇)の高貴な血筋を引き継ぐ、あなた様に嫁ぎました。どこの馬の骨か分からぬ者の妻になった覚えはありませぬ! 血筋を引き継ぐ覚悟があるなら、生きるも死ぬも、乾坤一テキの勝負にでるべきでしょう!」 背中を押された大海人は、反乱を決意し、美濃への脱出と反乱の計画を考え始める。 ところが、主人をけしかけた その日の内に、讃良は気分不快になる。つわりである。 彼女は、これからどうなるか分からない事態の中での、妊娠に不安を持った。
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